13’
ああ、これが夢のような現実。これが世界の本当の姿。私はおじいさんの話を受け止め、ゆっくりと息を吐きだした。
「おじいさんはいったい何年生き続けているの?」
今の話を聞いて当然生まれる疑問を口に出す。
「さあ、もう忘れてしまった……。誰か一人は現実に残る必要があったんじゃ。わしが主導となって進めた計画じゃ。わしが残るべきだろう」
「なぜ、生き続けていられるの?」
私は一人でなぜ生き続けられるのかという精神的問題について。また、純粋に肉体的問題についての二重の意味を込めておじいさんに聞いてみた。
「人々を冷凍保存する直前になってわし達は念願の薬を創ることができたんじゃ。過去、権力者達が血眼になって求めた不老不死の薬に似たものがついに、な。だがこの薬は不老にも不死にもならないものだった。年は十数年に一度とり、通常の人と同じ様に病気や人体の損傷によっても簡単に死んでしまう。ずっと長生きできる薬というだけじゃ」
おじいさんは肉体的な問題についてしか語らなかった。きっと強烈な義務感からこの長い時を生き続けたんだろう。でも、じゃあなぜ私を目覚めさせたのだろう? 一人でいるのが寂しくなった、という訳ではないはずだ……。
「……エリス。わしはな、もうすぐ死ぬだろう。肉体の時の流れがゆっくりになることで自分の死期というのも明確に分かるようになった。わしがこの現実の世界からいなくなったらあの眠り続ける彼らはどうなる? わしのように現実の世界で管理する人が必要だったのだ……。なるべく強い精神力を持った人がな……。だからお前を選んだんだ。母によく似た強い意志を持つお前をな。それに……お前がわしの身内という理由もある」
「……おじいさんは私の本当のおじいさんなの?」
「ああ、エリス……お前は、わしの実の孫だ……」
おじいさんは私の本当のおじいさんだった……。今聞いた話で私が喜べるただ一つのことかもしれない。
じゃあ、おじいさんの二人の子供達……私の……
「……なぜ、ママやおじさんを選ばなかったの?」
「彼女達は夢の世界で人々をまとめることができる貴重な存在だったのだ。あの世界は民主制で成り立っている。その代表となり得る人物は残しておきたかったんじゃ。何より人々が眠りから覚めるときが何時か分からない以上、現実の世界で管理を行う人はなるべく若い方がいい」
おじいさんにとっても苦渋の決断だったに違いない。じゃあ、今、この世界にいる私に求めらることは……
「エリス、この薬を飲んではくれないか? この薬を飲めば、お前は何百年の時を生きられる身体になる……。わしにはもう時間がない……。わしが主導した計画じゃ。現実の世界の管理は身内にしてもらいたいというわしの勝手な想いでしかない。だから、もし嫌だと言うならまたお前を眠りにつかせ、他に素質のあるものを目覚めさせて頼むとしよう……」
私の答えは決まっている。ただ、その決心をするために、一回だけ大きく深呼吸をしてから私は声をだした。
「わかった、私、その薬を飲むわ。でもあの夢の世界は人が現実の世界で、私とおじいさんがいるこの世界で、生きるために存在しているんでしょう? だったら私は彼らがなるべく早く目覚められるように努力するわ。私、おじいさんみたいに辛抱強く一人で待っているなんてできないもの。私はおじいさんみたいに強くあり続けるなんてできないもの……」
私の言葉を聞いておじいさんは堪えきれず右手で目を覆い隠し、涙を流した。
「ああ、ありがとう、ありがとう、エリス……」
※
それから一年たった頃だった。おじいさんは眠るように亡くなった。最後まで私に微笑みかけてくれた。この現実の世界で長い、長い時を生き続けた唯一人の人……。
「……おじいさん。私、絶対あの人達を起こして見せるわ。もう何回繰り返された世界なのかは分からないけれど、十分地球を再生する技術は身に付いているはずよ」
何度も何度もあの夢の世界は繰り替えされた。その一つ一つが層のようになって積み重ねられるように……。その層はどこまでも、どこまでも深くなり続ける。もう、十分だ。人々が心の奥深くで願った楽園。私は、そんな逃げるために作られた世界で安穏と生き続けるなんて許さない。
「だから私は木を植える。草を植える。畑にすることのできる土壌を整えて、川の水をきれいにする。何年かかるか分からないけれど、彼らが目覚めた時に少しでも以前の地球に近づけているようにするわ」
今は亡きおじいさんに私はそう誓った。
「幸い人手というか、ロボ手はあるみたいだしね」
この世界で私の唯一の話相手になるであろう、人型のロボット達に向かって微笑みかける。
「とりあえずの目標は以前本で読んだ時森があったっていう場所を再生させることね。そしてできれば――――」
以前私が幼い頃夢の世界で見たある景色を思い浮かべる。そして一緒にそこにいったある人のことを
「ママ……私の、ママ……早く会いたいな……。マリア……ママ……」
この世界に私を慰めてくれる存在は、もういない。




