12’
「どうしたの、おじいさん?」
机の上に肘を置き、手の上に顎を載せているおじいさんに向かって話しかける。その顔は緊張で少し強張っていて、これから話されることが私にとってとても重要であることが分かった。私はおじいさんの向かいの席に座り、彼が話し始めるのを待つ。おじいさんは一度大きく深呼吸してから、口を開いた。
「エリス。そろそろお前も真実を知ってもらわなければならない。この世界の現実をな……。そして、なぜお前だけ目覚めさせたかということを」
何度かおじいさんに尋ねたことがある世界のこと。そのたびにはぐらされてしまっていた。でも、今日ついに、その真実が…………
「わしも人は善の生き物だと信じて疑わなかった時があった。もし人が悪ならばきっとその数を減らし、いずれ消えゆくだろうと。だが人の歴史を振り返ってみると、人口は増えていき、どんどん繁栄していったではないか。わしにはそのことが何よりも人が善の存在である証拠に思えたんじゃ」
「でも、おじいさん……。今、この世界は……」
一面が荒野と成り果て、人は私達以外一人も……
「ああ、エリス。人は、わしが考えるよりずっとおろかだった。これは今から何百年も前の話じゃ……」
おじいさんは過去を語り始めた。
※
「地球は温暖化と寒冷化を繰り返す。そして人類はそう遠くない未来に凄まじい、それこそ太陽系全体にまたがるような氷河期を迎えるということを今までに培った科学力を駆使して突き止めたのだ。南極、北極の氷の面積がどんどんと広がっていき、ついには地球全体を覆い隠す。そうなれば今まで絶滅してきた生き物にもれず、人類が生き残る術はない。皮肉なことに、地球が氷で閉ざされるカウントダウンを明確に全人類が理解したとき、あれほど争いあっていた人類が一つにまとまり、その解決策を一丸となって模索し始めた」
「それなら、今どうしてこんなことに……」
おじいさんは悲し気に首を横に振る。
「全世界がまとまったことは喜ぶべきことだった。しかし当時の先進国が絶対主義的に世界を支配しようとしたのは、仕方がなかったとはいえ悲しいことだ。社会は権力が支配するようになった。何をするにしても許可が必要となった。例えば休養、旅行、といった比較的軽いものに始まり、結婚、治療、食事についても自由にはできないようになっていった。その全てを取り仕切っていたのは当時の先進国のトップの人達だ。
地球の温度が下がり始めていると実際に感じられるようになってくると、物資が不足していき、何においても配給制度が適用されていった。国家間の戦争中に配給制度が適用された例は多々あるが、全世界規模となると人類史においてこれが初めての経験になった。自由が奪われていくことで全世界の人々の不満は日に日に募っていったが、地球の危機を乗り切るためと理解していたため、クーデターはほとんど起きなかった。あれほど忌むべき歴史とされた複数国を交えた過去の大戦を先進国が経験していたことも反乱が起こらなかった一つの要因だろう。
しかし地球を存続させるための研究は遅々として進まずにいた。そして人類はもっとも愚かな選択をすることになったのだ。
氷河期中にどのようにして人類は存続するかという案は多々あったが、どの案も莫大な費用がかかることは言うまでもない。
このままでは全人類が助かることはない。助かるのは先進国の人間だけだ、と悟った国々が共同して戦争を始めようとしたのだ。たしかにこの時点で全人類が助かるのは困難だった。しかしこれまでのように一丸となって科学技術の研究を行っていれば、もっと多くの人類が助かっただろう。
当時あった小国が多々の核実験を行った。世界を統制していた先進諸国による、小国の核攻撃を恐れた結果起こった予告なしの核による先制攻撃。
青く綺麗な地球はその姿を消し、人の人口は全盛期のおよそ百分の一まで激減した。そうした争いの中も寒冷化は刻一刻と迫ってており、ついに地球の面積の半分以上が氷に包まれた。わしはそんな中、とある大国に生を受けた。そのころはあれほど過激だった戦禍もなりをひそめていた。人口が全盛期のおよそ百分の一まで減少したのだから当然だろう。
人口が激減してなお地球存続のための科学技術の発達は全人類の悲願であったため、わしは科学者になりより多くの人類を救うために奔走した。そんな中でもわしはある女性と出会い結婚し、子供も授かることができた。一人目は男の子、二人目は女の子だった。今でも彼らと初めて会った時のことを想うと頬が緩むよ……。しかし、幸福の次にくるのは不幸であると決まっている。二人目の子どもを産んで間もなく妻は病気で死んだ。ひと昔前なら助かった病気でその命を落とした。当時、国家で使われる費用を高価な薬を作るために使うことはできずにいたため、貴重な薬はどこにもなかったからだ。
わしの二人の子供は母を亡くし、この厳しい時代に関わらず、聡明に、すくすくと育ってくれた。子どもたちはわしのように科学者を試ざしはしなかった。今のような時代こそ優秀な政治家が世界にとって必要であるという信念をもっていたからだ。やがて娘は政治家としての活動中、ある権力者と出会った。彼はわしが主導となっている計画の大きなつてであり、親睦を深めたいと思っていた相手にほかならない。娘はその権力者と結婚した。娘はこの結婚は自分の意志であるといいはった。わしにはそれが嘘か本当かは分からなかったが、わしの計画が娘の結婚で大きく前進したことは事実だ。やがて彼女は子を産んだ。わしにとって初めての孫だ」
「その計画っていうのは、今も眠り続けている彼らと関係があること……?」
私が起きた時、周りには変な機械が付いたカプセルのようなものが見渡す限りあったのを覚えている。以前おじいさんに内緒で鍵を持ち出して私が目覚めた部屋に忍び込んだ時、そのカプセルの中に人が眠っていることを知った。私は怖くなってすぐその場を逃げ出し、今までおじいさんに黙っていたんだけど……。
「エリス、知っていたのか……」
おじいさんは少し驚きに目を見張ったが、私を怒ることはもうしなかった。おじいさんは視線を机の上に戻し、話の続きを始めた。
「ああ、わしの計画というのは人類を冷凍保存し未来に目覚めさせること。人口は全盛期のおよそ百分の一になった今、この計画は最も現実的な計画となっていたのだ。だが、それだけではダメだった。寒冷化により、もはや地球は人が生きれる環境ではなくなっていた。その改善策が当時はなかったのじゃ。だからわし達は未来に託すことにした。冷凍保存されている最中でも現実のような、それでいてとても幸せな夢を見せて、医療や林業、農業、工業、様々な分野をさらに発展し続けられるようにした。そのために地球が再生できる技術が身に着くまで、夢の世界は何回も何回も繰り返されるようにプログラムした。
そのプログラムの名前をオーディン、クレイオ、ヘラクレス、ゴータマ・シッダールタ、イシス、ヤマツカミと名付けた。わしは神というものを信じてはいなかったが、いざとなると神頼みすらしたくなるものだ。わしも追い詰められていたんじゃ。遠い昔あった国々で祭られていた神の名をプログラムの名前にしてしまうくらいにな。プログラムごとにそれぞれの役目をもたせ、その条件をクリアした時、すなわち人類が目覚める時に相応しい時に冷凍保存の装置が解除されるようにしたのだ。
計画が実行される場所にはとある島国が選ばれた。世界中で生き残っていた人々はその国に集まってきた。この国が選ばれた理由は多々ある。先進国でありながら戦争に積極的でなく、核攻撃の被害にあっていなかったこと。そのため多々ある国々の憎しみが比較的少なかったこと。もとから技術力が高い国であり、この計画を実現するための下地がととのっていたこと。その国の人々は平和ではあるが、世界が終わりに向かっているのを直視せず、普段通りの生活を送ろうと必死だった。結局その小国の人々も末期には現存する人類を全て冷凍保存するという計画を疑う人々による暴動が起こり、多くの人々が亡くなったのだがな……。
わしの計画は今のところ成功していると言える。数百年の時を経て地球の寒冷化は収まった。その後人類が荒廃した世界で生きて行けるよう、夢の中では今でも科学技術は発達し続け、人々は目覚めるその時を待っている――――」
登場人物の名前の由来の神様を示しておきます。
オーディン
北欧神話の主神
クレイオ
ギリシャ神話の女神、クレイオーから
ヘラクレス
ギリシャ神話、ローマ神話に登場する英雄神
ゴーダマ・シッダールタ
釈迦。仏教、ヒンドゥー教の開祖
イシス
エジプト神話の女神
ヤマツカミ
日本神話のオオヤマツミから




