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それから俺とマリアはまっちゃん達と合流し、あらかじめ決めてあった場所で食事をした。
「しかし、あのマリアが今では”指導者”だとはな……」
シコウが感慨深げに言う。マリアの現在の立場というのは俺がかいつまんで説明していた。
「あら、皆さんがたを驚かせることができたなら私も成長しているのかもしれませんね」
クスっと笑ってマリアが言う。
「いやいやマリアは僕達と会った時から成長しきっていたよ! 特にその大きな……ねっ、まっさん!」
「俺に話をふるな……」
不機嫌そうに言うまっちゃんだが、その顔は穏やかだ。
「正隆君も変わっていないですね。そっけないようでいて、とても仲間思いで……」
「そんなことない……。それに君付けは止めろと……」
それにしてもまっちゃんが今の年のマリアに君付けされると……
「まっちゃんがマリアに君付けされると……」
「あ? 何だ、永志?」
親子みたいな気がするよな。と続けようとして俺は懸命にも思いとどまる。まっちゃんが怒るのは当然として、マリアまで「あなた達は若いままでいいですよね」とか「私だけおばさんに……」とか愚痴を言ってきそうだからな。俺からすればマリアはいつまでたっても……。
「いや、なんでもないよ。何か懐かしいと思ってさ」
そうこうしているうちに陽が傾き、辺りが薄暗くなってきた。名残惜しさを感じながら俺達は解散する。
マリアは去り際、俺達にあることをお願いしてきた。
「私は“指導者”です。明日、“指導者”として初めてテレビで演説を行います。私がこの世界のことをどう思っているか。どう導いていくのか。それを伝えるために行います。良ければ皆さんもご覧になってください」
※
翌日、朝早くにてこの世界にいる人達に対して予告放送が行われた。内容としては今日の正午にこの世界のトップであるマリアという女性自らの放送があるということ、この世界の人々は一人残らずこの放送を聞けるようにすること、正午現在テレビがないところにいる人達はラジオによって放送を聞けるようにすること、またそのための特別送電を行うことが挙げられた。
世界の人々は世界が滅亡するだの、宇宙人と接触しただの好きかって言っていたがその重大さは伝わったのか正午になるのを息をつめるように待っていた。
俺達も今日になってマリアの去り際の言葉がこのことを意味すると知り、緊張の糸を張り詰めて正午を待っていた。ホテルの一室で誰も言葉を発しず、何もついていないテレビの画面を眺めている。時計の針の一秒、一秒と時を刻む音だけが俺達のいるホテルの一室に響く。
「そろそろ12時だ。テレビを付けて置こう」
まっちゃんがそう言ってテレビをつける。俺達は思い思いの姿勢ではあるが、テレビを見つめる。いや、唯一アルだけがうさじいと何やらじゃれ合っているようだが……。
「皆さん、もうすぐ正午となります。近くに放送が聞けない方はいらっしゃらないでしょうか? もしいらっしゃたら、協力し合い放送を聞ける環境を整えてください。それでは私はこれで失礼します」
そういって画面に映っているスーツを着た男がお辞儀をする。画面が切り替わり一瞬の空白が場を支配する。
カーン、カーン、カーン
正午の時報がエリア0に、いやこの世界全てに響き渡る。
もう一度画面が移り替わり、画面にはなんとロナウドさんが現れた。髪の毛は僅かに白い物が混じり始めてはいたが、年を取っても太ることはなかったようでそのヒョロっとした印象は変わっていない。
「只今より重大な放送があります。私はエリア9の代表を務めさせていただいているロナウドといいます。今からお話しになる女性はこの世界の運営、管理に尽力してきた方です。その方より、この世界に住む全ての人々に対し、自らお話になります。これより謹んで放送をお送り致します」
ロナウドさんはそう言葉を締めくくり、一礼したあと画面からいなくなった。すると三十代半ばと思われる美しい女性、マリアが代わりに画面に現れる。彼女はふうっと息を一つ吐き、毅然とした態度で話し始めた。
「この世界に住む全ての方々、この世界とはいったい何かということを考えたことがあるでしょうか? 私はこの世界についての現状を深く考えた結果、このような方法であなた方にお話しさせて頂きます。
皆様が平穏に暮らし、皆様の努力をもってこの世界が発達し、成果を共有することは私達の義務であり、私を含め皆様達が常に心に持ち続けてきたことだと思います。科学が進歩し、暮らしが豊かになることは私達にとって当然の願いであって、そのための努力は何にも増して尊いものです。
林業、農業、漁業、工業、医療、様々分野において私達の技術は大きく進歩しました。しかし、その技術を使う機会が今まで皆様方に存在したでしょうか? この世界は争いもなく平和そのものといっていいです。そう、不自然なほどに……。
農業、漁業をいかに進歩させたところで私達には十分な食料があり、誰も飢えている人はいません。新たな医療を進歩させ、新薬を開発したとしてもその薬が必要な病人はいません……。私達はそのことを不自然とすら思わずに安穏と生きています。
このままこの平和で、美しく、歪な世界に何も疑問をもたずに生きることは私にはできません。なぜこの世界は存在しているのか、この世界の真実とは何なのか、私達は知る必要があります。
私にはとても大切だと思える存在がいました。しかし、一体その存在が誰を指すのか分からないのです。私は自分の記憶がとても曖昧だということを知りました。皆様達にも自分の記憶について違和感を持ったことがありませんか? 本当にないといいきれますか? 私達はいったい、何者ですか?
そんなことも分からずに、どうやって私達は生きていくことができるでしょうか。私がこの放送を行う理由は皆様にもこの違和感について知って頂くためです。
真実の先に何が待っているのかは誰にも分かりません。とても辛いものが思いがけず待ち受けているかもしれません。私はそのことを考えると果たして今自分がしている行為が本当に正しいことなのかと不安になります。
しかし私達がこれより先、例えどんな苦難を受けたとしても私達が今までの様に争う事せず、日々を助けあっていけばきっと道が開けることを私は確信しています。
私は今、この世界を治める立場にあり、皆様が持つ可能性を信じ、常に皆様とともにあります。真実を知ることを恐れ、ただ安穏と生きているだけというのは私が最もしてほしくないことです。
真実を追い求めましょう。私達がひとつとなって団結すればきっと掴み取れるはずです。自分がもつ違和感から逃げず、知ることを恐れず、その意思を固く持ち続けるようにして頂きたいです。
これが私の思う正しい世界の在り方であり、私が導きたいと思う世界の形です」




