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「マリア……俺達のことが分かるのか?」
普通なら俺達もマリアと同じく三十代となり、おじさんと呼ばれるに相応しい年齢になっているはずだ。俺達が年を取らないことを知らない彼女は、おじさんの姿になっていない俺達のことなぞ思い出せないだろうと思っていたのだが……。
「あら、分かるに決まっているではないですか。あなた達はあの時から何も変わっていないんですもの」
マリアは分からない方がおかしいとでも言うように首を傾げた。
「いやいや、俺達が年を取らないなんてマリアは知らなかっただろう?」
「確かにあなた達が年を取らずに以前と変わらない姿をしているのには驚きましたが……あなた達に関わって驚かなかったことはなかったもの」
昔を懐かしむように目を細めて彼女は笑った。
「それに……」
言葉を区切り、マリアは得意げにその大きな胸を反らす。
「“鷹の団”の名付け親は私ですよ」
※
「“鷹の団”がエリア0に訪れることがあった場合は私に連絡するように伝えておいたんです。あなた達ともう一度会えたらとも考えていましたが、噂に聞く“鷹の団”は百人程の規模だと聞いていたのであまり期待はしてなかったんですけど……」
なるほど、“鷹の団”が来ると知らされていたのでマリアはロープウェイ乗り場まで迎えに来ていたわけか。俺達が来るかどうか半ば賭けのようなものだったのだろう。
「ああ、でも」……
会えたじゃないか、と続けようとした俺の言葉を遮って、マリアは破顔していった。
「会えましたね!」
「そ、そうだな!」
ま、まずい。思わずその笑顔にドキッとしてしまった。年をとってもマリアの笑顔はいささかもその魅力を落としていなかった。
「少し歩きながらお話しましょう。エリア0にはあまり面白い場所はありませんが、街並みは中々綺麗なものですよ。私のお気に入りの散歩コースを案内してあげます」
マリアはもう慣れ親しんだ物を語る時の口調でそう言った。彼女がエリア0で現在何をしているのかは分からないが、時を経て、彼女にとってはここも愛すべき場所になったのだろう。
「ああ、お願いするよ。少し昔話でもしようか」
時間はまだ十分にある。今までの経験からするとイシスが現れるのは後二、三日後だろう。
「僕達は先にホテルに荷物を置いてくるよ。永志とマリアで少し話しているといい」
俺が皆に確認を取ろうとすると、アルがそう言ってきた。またこいつは余計なことを……。もう気を使う必要もないだろうに、そう思ってアルの方を見る。人をからかう時にするニヤついた顔がそこにあると思っていたが、そこには純粋に俺とマリアのことを考えたのか、いつも満面の笑顔を浮かべるアルにしては珍しく、何とも言えないといった風の笑顔を浮かべていた。
「僕達も昔話に花を咲かせたいといって思いはあるからさ。荷物を置いたらまた合流しようよ。もしマリアが良ければ夕食でも一緒に食べよう。どうかな?」
「ええ、私はそれで構いません」
「では、ここのお店で待ち合わせにしましょう。時間は……」とマリアとアルで勝手に話を進めてしまった。まあ今回はアルも純粋な好意だけのようだし、ありがたくマリアと二人の時間を楽しませてもらおう。
「アル」
「うん、何、永志?」
「……何でもない」
お礼でも言おうかと思ったが、気恥ずかしくなって止めた。
「ふーん……じゃあ、また後でね!」
そう言うアルの顔は、俺の考えなどお見通しだと言うように、いつものニヤついた笑みを浮かべていた。
※
まっちゃん達と一旦別れて、マリアとエリア0の街を歩く。
「マリアは俺達の年が変わっていなくてもあまり驚かないんだな」
前から胆が据わっていると言うか、順応するのが早いといった長所はあったが。
「あら、驚いていますよ」
クスッと笑ってマリアは口に手をやる。
「とても、とても驚いています……。驚きすぎて、驚くことに慣れただけです」
昔を懐かしむように彼女は遠くに目をやる。彼女が思い出すのはいったいどの光景だろうか。初めて俺達と会った時のこと、美しい色とりどりの花が咲き誇る花畑、皆で食べたカレー、マリアと過ごした時は短かったけれど、俺にとってはそのどれもが大切な思い出となって胸に残っている。
「確かに俺達はいつも君を驚かせてしまっていた。懐かしいな……」
「ええ、本当に……」
少ししんみりとした空気が流れる。決して不快ではなく、長い時を経たから感じることのできる過去の素晴らしさ。
「マリアは今、エリア0で何をしているんだ?」
俺がそう質問をすると、マリアは穏やかだった表情を消して呟いた。
「私がエリア0で何をしているか……。永志さん以前私が“指導者”と呼ばれていたのを覚えていますか?」
「ああ、ヘラクレスがそんなことを言っていたな……」
そのことが意味することは俺達には全く分からなかった。何か今のマリアと関係があるのだろうか。
「あなた達と出会って、私はこの世界の歪さというものを理解しました。しかしこの世界は現にこうして存在し、成り立っている。では、一体誰がこの世界を管理、運営しているかを疑問に思ったことはありませんか? 私のお兄様の様に選挙によって選ばれた人達がいるのはたしかです。しかし、そのトップの人は? いくら民主主義を謳っていてもその母体をまとめる存在が必要なはずです」
今マリアが言ったことはこの世界の数ある謎の一つ。
「それは俺も疑問に思っていた。一体誰がその地位にいるのか、全く公表されていないし、存在しているのかも分からなかった」
「そうですよね。しかし、彼は確かに存在し、この世界をまとめていました……」
マリアがなにかを思い出すように少し上を向く。彼女が今思い出している光景とは----
「私にとても重いものを託して彼はいきました。体から輝きがにじみだした、そう思ったらすぐに光となって消えてしまった……」
「それって……」
するとマリアはいつまでも変わらないその青い瞳で俺を見つめてくる。
「ヘラクレス。彼が”指導者”としてこの世界をまとめていました。そして彼はその立場を私に譲ったのです」
「じゃあ、マリアは今……」
「ええ……」
真剣だった表情を緩め、彼女は微笑む。
「私、偉くなったんですよ」
マリアは少しふざけた風にそう言ったが、俺にはその顔が少し無理をしているように見えた。




