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二十年。“鷹の団”が百人を超えるのに二十年の時がかかった。俺達の姿は変わらずとも、周囲の人々は時の流れに従って年を重ねていく。誰もが俺のことを忘れてしまっているが、俺は関わりのあった人達との記憶を持ち続けている。自分という存在が忘れ去られるのは辛く、その記憶にすがることもあった。でも、俺には共に歩む仲間がいた。だから俺は前に進み続けることができた。自分の曖昧な記憶を取り戻すために。真実を、知るために。
「きたぞ……反応だ。今回イシスが現れる場所は……エリア0だ……!」
まっちゃんが左手首を顔の前まで持ち上げて、そこに付けられているブレスレットを見て言った。もう二十年以上まっちゃんが片時も離さずに付け続けているこのブレスレットはあの日、俺がまっちゃんと再会したあの日から何も変わらずにそこににある。
「エリア0か……」
何となくそんな気がしていた。きっとイシスやヤマツカミが俺達に真実を知らせるのはそこになるだろうと。
「二十年ぶりだな」
俺達が今いる地域はエリア9の北西に位置する地区だ。奇しくも二十年前に一人の少女と共に、エリア0に向かった時と同じ道のりを俺達は辿ることになった。
「さあ、出発しようか」
俺が運転席に座って呼びかける。あの時と違うのは、助手席には誰も座っていないということだけだ。
※
エリア5の南のロープウェイ乗り場からエリア0へと入る手続きをする。
「“鷹の団”のシコウだ。エリア0に入る手続きをお願いしたい」
シコウが代表して受付の男性に話しかける。すると彼は両目を見開いて驚いていた。
「“鷹の団”の方ですか……。では、こちらに必要事項をご記入ください」
“鷹の団”という存在はこの二十年の時の間にこの世界の人々に広く認知されるようになっていた。大体の見解は女の姿をした悪魔から人々を守る正義の味方というものだ。“鷹の団”が噂になった頃からなるべくイメージアップを図ろうと、ボランティア活動まがいのことをしたりもした。また、イシスがとてつもない美人であるので彼女を攻撃する俺達が悪者に見えてしまう。そこでイシスになるべく悪役のイメージを付けるため、悪魔のような女と噂を流すなどの情報操作も行った。このようなこすい、もとい地道な努力の結果、今がある。
シコウが渡された紙に書き始める。以前は住所やら連絡先などを聞かれるとヒヤヒヤしたものだが、今は世界から広く認知されている“鷹の団”という組織に入っているため堂々としていられる。うん、やっぱりこすくてもやるべきことはやって良かったな。
手続きを済ませて、ゴンドラへと乗り込む。相変わらずその側面には大きな地球のマークが付いている。このマークを地球だと知っているのは“鷹の団”のメンバーである百人だけだ。
「二十年ぶりか……」
まっちゃんが感慨深そうに呟く。二十年の間、一度もイシスがエリア0に現れたことはなかった。なぜイシスが“鷹の団”の人数を百人集めることを条件にしたのかは分からないが、俺達はついにその条件を達成しエリア0へと再び呼び出された。きっと今度こそ真実を知ることができるだろう。
ゴンドラが出発し、だんだんとその高度を上げていく。以前と違いはしゃぐようなことはなかったが、ゴンドラのよく磨かれた窓から見えるこの歪な世界は、やはり美しいと思った。
※
「そういえば、前にエリア0に行った時はヤマツカミが急に現れてビックリしたよねー」
ロープウェイがエリア0にもう着こうとした頃、アルがふと思い出したようにそんなことを言ってきた。
「今回もいきなり現れるかもよ!」
そうなった時のことを考えて思わず俺は顔をしかめる。
「やめろ、本当にそうなったらどうするんだ……」
ヤマツカミの現れ方はいつも急なことが多く、心臓に悪い。イシスはブレスレットの反応通りに現れるのに、ヤマツカミは全くそのルールを無視している。
「別にいいじゃん。イシスとヤマツカミに僕達を攻撃する意思がないのはもう分かってるでしょ?」
「それとはまた話が違うだろう」
攻撃されないとしても奴らと対峙する時にはいつも空気が張り詰める。それに伴う緊張感は決して慣れることはない。
「それに、もう到着しそうだぞ」
「えー、つまんないなー。もっと乗ってたかったよ」
アルが残念そうに窓からの景色を眺める。まあ、この景色が名残惜しく感じる気持ちは理解できる。
「間もなくエリア0に到着致します。完全に停車するまで座席から立ち上がらないようお願いします。本日はご利用頂きありがとうございました……」
アナウンスが流れ、完全にゴンドラが停止するのを待ってから、俺達は四人揃ってゴンドラから降りる。
「お待ちしていました。“鷹の団”の皆さん……」
ゴンドラを降りてすぐ、声をかけられた。有名な“鷹の団”が来たので出迎えでも付いたのだろうか? そう思って声がした方を見る。そこには三十代半ばと思われる女性が立っていた。
「皆さんは御変わりないようですね。私はこんなおばさんになってしまったというのに……」
一目で彼女が誰か分かった。彼女が持つ柔らかい雰囲気は以前と何も変わらない。時の流れに従って、美しく年を重ねているこの女性は俺にとって――――
「どうして、君が…………」
ニコリと彼女は俺達に笑いかける。その顔には以前にはなかった皺が刻まれている。
「覚えてくれていたようで安心しました。こんなに見た目が変わってしまっては、自己紹介から始めなければと思っていましたから」
二十年前、振り切るようにして別れたマリアの姿がそこにはあった。




