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「ダメだろアル! そんなものを拾ってきて! 捨ててきなさい!」
アルが大事そうに両腕に抱えている物体を見て、俺は怒鳴る。
「嫌だ! いちいち呼び出されて外に出ていくのはめんどくさいんだ!」
「何を言っているんだ、お前は……。いいから捨ててきなさい! お前が一人で世話をできるわけがないだろう!」
「違う! 僕が世話をするんじゃない! 僕が世話をされるんだ!」
だからアルは何を言っているんだ……。それに特に可愛くもないし……。
「だーかーらー、俺達にペットを飼う余裕はないの! お金とかそういう話ではなくってさ!」
お金のことを話題に出すとアルなら「僕が稼ぐからいいでしょ!」と反論されるからな。
「別に永志達が世話しなくていいんだってば! それに頭もいいから迷惑もかけないし」
「いや、頭がいいっていってもなあ……」
所詮は動物だろ……。それに特に可愛くもないし……。可愛さというのは重要だぞ、うん。
「僕がチェスで負ける」
「いや、まあチェスくらい自分で勝ってもらわないと…………って、えっ? お前が、チェスで負ける!?」
「そう。今まで百戦くらいしたけど、一度も勝ったことがない」
アルのボードゲームの強さは俺達の中で群を抜いている。そのアルが負けるだって? それ以前に動物ってチェスできるもんなのか?
「疑うなら永志もうさじいとチェスで勝負してみたらいいよ」
「……うさじいって?」
「名前」
「…………」
「…………」
妙にその名前がこの動物の姿にあっていた。うさぎのような姿をして、どこかおじいさんのような雰囲気をかもし出しているこの小動物。確かにじっとアルの両腕の中で丸まっていて、成り行きを見守っているように見えるその目はどこか理知的だった。
「信じがたい話だが、俺がチェスをすることができる動物を忘れているだけかもしれないからな……。やるだけやってみるか」
いや、さすがにチェスができるとんでも動物の存在を忘れる訳はないと思うが。暇つぶしにもなるし、アルの言葉にのってやってもいい。
「ちなみにうさじいは将棋も麻雀もできるよ。というか何でもできるけど……。永志は何で勝負したい?」
それが本当ならこのうさぎのような小動物はもはやうさぎのような小動物ではなくなるぞ……。
「……じゃあ、将棋で頼む。その方俺が得意だからな」
手早く将棋の準備をして、いざ勝負。人間としてのプライドが小動物如きに負けることを許してはくれない! と意気込んだのだが……
「王手だねー。はい、永志の負けー」
「うぅ……」
傍らで俺とうさじいの勝負を見ていたアルがやっぱりね、とばかりに言ってくる。うさじい強すぎ……。俺が考えた末の最高の一手を打つと、うさじいはすぐさま前歯で器用に駒を掴んで盤上に置き、俺を追い詰めていった。
「い、いや待て。ここに逃げれば……」
うさじいがのそのそ移動し、返しの一手を打つ。これでまた俺は追い詰められた。
「じゃあここに歩をおけば……」
うさじいが俺から奪いとった銀を置いて、俺の手を潰す。
「往生際が悪いなー。永志の負け! 当たり前じゃん、僕でも勝てないんだからさ」
「……分かった、認めよう。うさじいは、強い……」
俺は渋々負けを認める。うさじいは何の感慨に浸る様子もなくただ机の上で丸まっていた。
「何だ永志、負けたのか。なさけないな」
シコウが俺が負けたと聞いて傍まで歩いてきた。
「いやいや! うさじいメチャクチャ強いから! そんなこと言うならシコウもやってみろよ!」
「じゃあ俺はチェスでお願いするかな。うさじい、いいか?」
僅かにうさじいが頷いた気がしたが、きっと気のせいだろう。もしかしたら俺が将棋で負けたのも気のせいかもしれない。手早く将棋盤を脇にどかし、チェス盤を用意してシコウとうさじいの勝負が始まった。まあ、結果はすぐについたのだが……。
「……俺の負けだ」
「ね! うさじい強いでしょ! だからうさじいを仲間にいれてもいいよね?」
ああ、そう言えばそんな話だったけか。シコウがうさじいに敗北を認めたことでアルははしゃぎだした。怖すぎるくらい頭のいい不思議生命体だが、別に害はなさそうだ。特に問題はないだろう。
「いいんじゃないか。うさじいなら手もかからなそうだし……」
「いや、待て! 永志もシコウも負けやがって。うさじいとやらを仲間に入れるかどうかは俺に勝ってからだ」
俺の言葉を遮ってまっちゃんが割り込んできた。今までこちらに関心を示していなかったが、盛り上がってきたのを見て近寄ってきたらしい。
「勝負だ! うさじい!」
威勢はいいが、どうせ結果は決まっているからなあ。めんどくさい奴だなあ。
※
「負けた……」
「ほらみろ、じゃあうさじい、これからよろしくな」
俺がうさじいに向かって言うと、やはりまたうさじいが頷いたように見えた。こうして“鷹の団”としての初めての仲間は何とも奇妙な小動物になった。




