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深層世界  作者: NAAA
第三章 
39/65

9

「うわー! 僕、ロープウェイなんて初めてだよ! 少し興奮するな!!」


 アルが窓からだんだんと高度が上がっていく様子をみて言う。いや、お前の場合少し興奮するではすんでいないだろう。俺は、少し、興奮している。

 ロープウェイの半分ほど進んだ辺りでエリア5にある全ての高層建築の高さを超えた。視界に遮る物がなくなり、この世界の全てが見通せるようだった。


「いい景色だな……」


 俺が呟くように言うと、返ってくる声がある。


「綺麗でしょ! 自慢の世界だからねー。永志はこのロープウェイ乗るの初めてだっけ? ぞんぶんに堪能してね!」


「ああ、そうさせてもらうよ」と俺が言おうとしたところで、その声が聞きなれないものだと気付く。幼さの残るその特徴的な声を、俺はつい先日に一度聞いた。どこか中性的な少年の姿をした、奴らの仲間。


「っ……!! 永志、後ろだ!」


 広いゴンドラ内にまっちゃんの声が響く。まっちゃんはすでに銃を構えていて、戦闘態勢に入っている。珍しく銃を使っているのは剣を鞄から取り出す暇もないと判断したのだろう。まっちゃんに言われた通り振り返ると、ヤマツカミがニコニコと笑って立っていた。


「まあまあ、正隆、落ち着いて落ち着いて。別に戦いたくて来た訳じゃないから」

「じゃあ何をしにきた! 俺達をエリア0に入れないつもりならお前と戦ってでも俺達は行くぞ!」


 まっちゃんはそうヤマツカミに向かって叫ぶが、以前として彼の表情は余裕そうだった。


「違う違う、そういうつもりでもない。僕はただ、君たちに会いに来ただけ。前にマリアと永志には会ったけど、僕は他の三人、正隆とシコウとアルとも会ってみたいと思ったんだ」


 ヤマツカミの言葉は本当なのだろう。俺とマリアと接触してきた時も戦闘にはならず、すぐに消えてしまったから。


「まっちゃん、多分ヤマツカミに戦う意志が無いのは本当だ。少し話を聞いても……」

「いや、倒せる可能性がある時に倒すべきだ! どうせ奴らは一人残らず倒していかないといけないはずだ!」


 俺の提案をまっちゃんは聞く気がないようだ。するとヤマツカミは普通の子供ではしないような渋い顔をして言ってきた。


「うーん、僕達を倒していくって発想は悪くないんだけど……。倒し方が違うっていうか……。そもそも倒す存在じゃないというか……。それに、順番っていうのもあるわけ。とりあえず次はクレイオ。僕やイシスは最後ってこと」


 イシス……。女の姿をした奴らの仲間の一人だろう。ヤマツカミの言葉は要領を得ないように思える。


「お前たちは何者だというんだ……」


 シコウがヤマツカミのことを睨みつけるようにいう。シコウにとってヤマツカミは弟の敵と言える相手で、どの目には普段は見せない奴らに対する憎しみが宿っていた。

 そんなシコウの様子を見てヤマツカミは悲し気な顔をする。


「シコウ……君の弟君は残念だったね……。僕らも弟君を助けようとしたんだ……。でも、できなかった。どうしようもなかったんだ……。特にイシスは助けられなかったことを凄く悔やんでいたよ。どうか彼女を責めないでやってほしい……」


 その言葉にシコウは困惑する。


「確かにあの女はなぜか凄い悲しそうな顔をしていた……。あいつの手に触れられたことで俺の弟は光となって消えてしまったというのに……」


 そう呟くように言うシコウを痛まし気にヤマツカミは見ている。


「シコウ、本当に申し訳なかった。そのお詫びという訳じゃないけど、少しだけヒントをあげるよ。僕達にはそれぞれ役目が与えられている。それは世界の人々が望んだからに他ならない。その役目が果たされたとき、僕達は……」


 その言葉を聞いても俺達は全く理解できない。皆してポカンという表情をしているのを見てヤマツカミは苦笑する。


「僕やイシスのようなか弱い子供や女の人の意見が尊重される、優しい世界であってほしいってこと。理想論にすぎないけど、だからこそ僕達の姿にその優しい考えを投影したんだろうね……」


 ヤマツカミの言葉はやはり謎めいていたが、その他人事めいた口調と悲し気な顔が俺には妙に気になった。


「さて、ヒントはここまでにしようか」


 ヤマツカミはニコリと笑ってこの話はこれで終わりとばかりに胸の前で手をパンと鳴らし、今度はアルの方をじっと見つめる。


「な、なんだよ……」


 アルが居心地の悪そうに言う。ヤマツカミはその言葉には反応せず、しげしげと興味深げにアルを見ることを止めない。


「アル……君はいったい何者なんだい? なぜこの世界で急に現れた? ……まあ、いいや。君のことはゴーじいに任せよう」


 そう言って一人で納得してしまう。ゴーじいとは老人の姿をした奴らの仲間のことだろうか……。俺がそんなことを考えていると、ヤマツカミは俺の方に向き直って言ってきた。


「永志。君はこの世界から生じる違和感に自力で気付いた初めての人って言えるかもね。正隆という要因があったことは確かだけどさ。今後この世界とどう関わっていくのか楽しみだよ。マリア、君もね……」


 最後にマリアをチラっと見て言葉を切る。俺はマリアを庇うようにすっと彼女の前に出るが、俺達への関心はもうなくなったようで既に目線は違う方に向けられている。その目線の先には未だに銃を下さず、ヤマツカミを睨みつけているまっちゃんの姿があった。


「そして正隆。君はいつも一人だね。どの世界でも、いつも君は一人で戦っていた。それはとても悲しいことだよ。でも、だからこそ君は世界を終わらせる資格を持っている」

「どういうことだ……」


 銃の引き金を僅かに引き絞ってまっちゃんは問いかける。ヤマツノカミはその問に答えることはせず、憐れんだような表情をしてまっちゃんを見ていた。


「間もなくエリア0に到着致します。完全に停車するまで座席から立ち上がらないようお願いします。本日はご利用頂きありがとうございました……」


 緊迫した雰囲気を破るようにアナウンスが聞こえてきた。小さな揺れが生じたあと、ゴンドラは完全に止まり、ドアが開く。


 アナウンスが聞こえてきて、ゴンドラが止まる。ヤマツカミは気持ちを切り替えるように首を数度横に振った。


「話はここで終わりにしよう。ちょうど到着したみたいだしね。エリア0にようこそ……世界の反逆者達と“指導者”と呼ばれた少女。クレイオはきっと聖堂で君達を待っている。真実を知りたいのなら、君達の方から出向くといい」


 そう言うとヤマツカミは開かれたゴンドラのドアから、ピョンと飛び降りて外へと消える。俺達は慌ててヤマツカミを追うが、外にはもう誰の姿もなかった。


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