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美味い! やっぱり手料理っていうのはいいもんだな。マリアの手料理ということも相まって、物凄く美味しく感じる。……が
「美味しい! でもちょっと甘めだね」
アルが俺と同様の感想を漏らす。しかしカレーなんてそれぞれの家庭で味なんぞ千変万化する。これがマリアの好みの味だということなのだろう。そう思っていたのだが、マリアは首を傾げておかしなことを言う。
「あら、ほんとう……。少し甘いかしら……」
「これがマリア好みの味っていうことなんじゃないの?」
俺が不思議に思ってそう聞くとマリアは首を横にふる。
「いいえ、私はもう少し辛い方が好きなのだけれど……」
ん? どういうことだ?
「じゃあ何でもっと辛くしなかったんだよ?」
俺が尋ねるとマリアは顎に手をあて、考えながら言う。
「……なんでかしら?」
いや、聞き返されても俺には分からないです……
「別にそんなことどうでもいいだろ。美味い物は美味い」
俺とマリアの不毛なやりとりを見てまっちゃんが言う。その言葉を聞いてマリアは満面も笑みを浮かべる。
「そうですか。美味しいですか、正隆君。よかった……」
まっちゃんは少しムッとした顔をしたが、マリアがとても嬉しそうに言うため「ああ、美味い……」と返すに留めていた。
後に俺はよくこの五人でエリア0まで向かったことを思い出すようになる。マリアと出会い、誘拐するように連れてきたこと。エリア0に向かうまでに見た美しい景色やとりとめのない会話。そして五人で囲んで食べたカレーのこと。マリアと共に過ごしたこの時間は俺にとって長く心に残り、あたたかな気持ちにしてくれる思い出となった。明日朝から車を走らせれば、エリア5とエリア0の境までは行けるだろう。明後日にはエリア0までマリアを送り届けることができるはずだ。
別れの時はすぐそこまで迫っていた。
※
翌日、予定通り朝から車に乗り込みエリア5の中心へと向かう。今日がきっとマリアを助手席に乗せる最後の日だ。そう思うと俺は少しでも何かを残そうと、しきりにマリアに話しかけた。それにマリアも笑顔で返してくれていたが、どこか二人とも無理をしていたように思う。今までは長く感じていた車での移動が今日は驚くほど速く感じる。エリア5の中心に近づくにつれて住宅地は少なくなっていくのとは逆に、ビルの姿が目立ち始める。辺りはすっかり暗くなり街の明かりが爛々と灯り始めた頃、俺達はそこに辿り着いた。
「あれが……」
首を後ろに傾け、上を仰ぎ見て俺はそう呟く。エリア5の中心、すなわちこの世界の中心は他の地域より数十メートル高くなっている。それは人工的に作られた高さであり、人々は自由に出入りすることができない。無機質に高くそびえ立つそこを人々はエリア0と呼んでいる。
「今日はもうエリア0に向かうロープウェイができってしまっています。やはり明日向かうことにしましょう」
マリアが言うようにエリア0には決められた手続きを踏んでロープウェイに乗る必要がある。ロープウェイは東西南北それぞれの地域から乗ることができ、一日に数回運行している。
「きた、反応だ……!」
まっちゃんが左腕にはめられているブレスレットを見て言う。そしてまたエリア0の方向に向き直る。
「そこで待ってろ……今度こそお前らを……!」
決意を込めた力強い声が俺の耳に届く。さあ、いよいよだ。いよいよ明日俺達はエリア0に赴く。きっとそこで何かが起こる。そう確信めいた予感に包まれたのは、きっと俺だけではないだろう。エリア0から零れ落ちる光。俺にはそれが何か強大なものが見下ろす時に放つ視線のように感じられた。




