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「あの子も本当に彼らと同じなのですね……」
クレイオ達と同じ様に一瞬にして消え去るという尋常ならざる出来事を目の当たりにして、マリアもヤマツカミが奴らの仲間だと理解したようだ。
「ああ、俺はあいつのことを何回も見てきた。話したのは今日が初めてだったけど……」
「彼らはいったい何者なのでしょうね……。あんなに小さい子も関わらせて……」
マリアはヤマツカミのことを気遣うように言ったが、どうにもあの少年を子供扱いする気には俺にはならない。話した感じもあの年代の子供と話すようではなく、大人と話すのと変わらない気がした。随所に子供らしい仕草や言動はあったものの、俺には演技をしていたようにしか見えなかい。
「奴らが何者かは俺も腐るほど今までに考えたことがあるよ……。でも、答えは見つからない。考えるだけ無駄だ。きっと答えを知る一番の近道は奴らを倒していくことだと俺は思ってる」
「そう……なのかしら……」
マリアは風によって乱れた髪を手で押さえながら、ヤマツカミが消えた場所を見て悲し気に呟いた。優しい彼女のことだ。きっとヤマツカミが最後に俺に言った「戦うとしたら一番最後」という言葉を気にしているのだろう。小さい子供の姿をしたヤマツノカミと俺が戦うことになったらマリアはどうするのだろう。きっと必死になって止めるのではないだろうか。しかしマリアが止めたとしても俺達は戦うだろう。例え子供の姿をしていようと、真実を知るためには、躊躇しない……。
「さあ、帰ろうか……。今起こったことをまっちゃん達にも早く知らせたいからさ」
俺がそう言うとマリアも頷いて了解の意を示す。帰りの車の中では二人とも物思いにふけってしまいほとんど会話はしなかった。一日だけ借りたマンションに着いたのは、西の空がオレンジ色に染まり、東の空からは夜の気配が感じられる時刻になってからだった。
※
部屋に戻ると、まっちゃんとシコウは俺達より早く戻って来ていたようで、リビングで二人してボンヤリとテレビを見ていた。ただいま、と俺とマリアが言うと
「おかえり、永志もマリアも楽しめたか?」
そうシコウが応えてくれる。まっちゃんは「おお」だか「ああ」だか適当にではあるが出迎えてくれた。ここはただ一泊するためだけの場所であり、「ただいま」というのは少しおかしい気もしたが、まっちゃんやシコウがいる場所が俺の帰る場所であることには変わりない。そう思うと少し嬉しくなる。言葉にすることは絶対にないだろうが。
「まあ、いい気分転換にはなったよ。アルはまだ帰ってないの?」
「ああ、あいつも久しぶりに遊べて楽しいんだろう」
できればヤマツカミのことを一度に全員に伝えたかったがそれならしょうがない。アルにはまた改めて話すとしよう。アルは遊んでるっていってもお金をなんだかんだ増やしてくるからな。無下にはできない。お金、大事。
そして俺はマリアと出かけた先で子供の姿をした奴らのうちの一人が現れたこと。そいつの名前はヤマツカミということ。彼もマリアに興味を持っていたということ。戦闘にはならずにすぐに帰っていったことについて簡潔にまっちゃんとシコウに話した。まっちゃんはその話を聞いてマリアをジロジロ眺めて何事かを考えていたが、マリアはその無遠慮な視線を受けて少し不満そうな顔をしていた。
「私、夕飯の支度をしてきます!」
まっちゃんの視線に耐えられなかったのかマリアはそう言って立ち上がり、キッチンへと消えてしまった。五人分の料理を作るのは大変だろう。どれ、俺も手伝ってやろう。
「俺も手伝ってくるよ、アルが帰ってきたらこの話を伝えておいて」
そう言い残し、俺もマリアの後を追ってキッチンへと向かった。
俺がキッチンへと入るとマリアはわざわざ持ってきたのか、いそいそとエプロンを着ていた。色はピンクで、可愛らしいリボンが胸の所についているシンプルなデザインだった。エプロン姿のマリア……うん、よく似合ってる。
「俺も手伝うよ。さすがに五人分の料理を作るのは大変だろ。野菜を切るくらいなら俺もできる」
「……では、ご飯を炊いて頂けますか? それが終わったら玉葱を切ってもらえると嬉しいです」
マリアはいったいこいつは何をしに来たのだろうという顔をしていたが、俺の言葉を聞くと少し考え込むようにしてから俺にも仕事を任せてくれた。どうやら俺が本当に包丁を扱えるのか不安だったらしい。いや、俺もマリアが包丁使えるか不安なんだけど……。
「ああ、任せろ」
俺がそう答えるとマリアはまな板と包丁を渡してくる。パパッとお米をとぎ、炊飯器にいれ、俺もマリアに言われた通りに玉葱を切り始める。しばらくの間、二人が野菜を切る音だけがなる。どうやらマリアが料理できると言ったのは本当らしく、俺よりも手慣れた手付きで包丁を扱っていた。疑ってごめんなさい。
「大目に見てやってくれ。まっちゃんは悪気があるわけじゃない……」
俺がポツリとそう言うと、マリアは先ほど自分がまっちゃんから逃げるようにして立ち去ったこと言っていると分かったのだろう。
「いえ、別にそこまで気にしていません……。ただ、ちょっと……」
とおずおずと言う。
「ちょっと、何?」
俺が聞き返すと、マリアは少しの間俊淳してから応える。
「正隆君は私より年下なのに、そういう気がしないんです。先ほども何か見定められているように感じて居心地が悪くなってしまって……。永志さん達も正隆君のことは子供扱いしていないようですし……」
なるほど……。マリアはまっちゃんにどう接していいか分からなかったのか。確かにまっちゃんの見た目と精神年齢は大きく異なるからな。
「気にしなくていいよ。あいつは思いっきり子供扱いしてやるくらいがちょうどいいんだ」
俺がおどけた様子でそう言うと、マリアはクスッと笑って「では、そうすることにします」とこちらも冗談めかして言ってきた。
切り終わった野菜をマリアに渡すと彼女はそれを鍋へと入れていく。どうやら具材は全て切り終わったようで、ほどなくするとカレーのいい匂いが漂ってきた。
「ただいま! ねえ! 凄いカレー! カレーの匂いがする!」
そうやらアルが帰ってきたようだ。何とも食欲を注ぐこの匂いにテンションがいつもより二割増しに高かった。
俺が使ったまな板やら包丁やらを洗い終えると、俺の仕事はもう無くなってしまった。
「もう戻って休んでいていいですよ。後は私に任せえてください」
マリアがニコリと笑ってそう言ってくれたので、俺は「じゃあ後はよろしく」と声をかけてキッチンを後にする。
俺がリビングの方に戻ると、ちょうどアルに俺とマリアがヤマツノカミと接触したことを話し終えたところだったようだ。アルが俺に情をはらんだ目線を向けて「せっかくのデートを邪魔されるなんて……」とか言ってきたが、余計なお世話だ。
それにしてもお腹が空いた……。やはりこのカレーの匂いってやつには人の食欲を刺激する不思議な力を持っている。外はもう暗くなっており、夕食をとるにはちょうどいい時刻となっていた。ああ、カレーまだかなあ……。もう味を調えるだけだったはずだけど……。
「はーい、できたので皆さん取りにきてくださーい!」
呼びかけるマリアの声を聞き、我先にとキッチンへ向かう。ご飯も炊けているようで、これにて全ての準備は整った。マリアがよそってくれたカレーライスを手にリビングへと戻り、五人で机を囲む。すぐそこにあるカレーを見て、喉がゴクリとなる。さあ、待ちに待ったその時がきたようだ。
「「いただきます」」
全員の声が重なり、一斉に食べ始めた。




