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マリアが花畑へと入っていき、その中にある一輪の花を撫でる。花の色は青。彼女の瞳の色よりは濃いが、どの花の色よりもその色が彼女によく似あう。まだ太陽は真上を通り過ぎて少し傾いた位置にあり、その光が彼女を照らす。豊かな金色の髪が光を受けて反射させるのに対し、彼女の肌は透き通るように白かった。きれいだ。俺が彼女に抱いている感情を抜きにして、きっと誰が見てもそう思うだろう。
「私ね、この場所に誰かとても大切な人と来たことがある気がするの……」
彼女は呟くようにそう言った。た、大切な人って……もしや……
「そ、それはボーイフレンドとかか?」
俺が思わずそう言うと、彼女は狐につままれたような顔をした後、クスッと笑ってから言った。
「そんなんじゃないわ。でも、とてもとても大切な人だった気がする……」
「そ、そうか……」
いったい俺は何を聞いているんだろう……。彼女はあと数日で別れるというのに……。しかも彼女の記憶が曖昧なのにそれに掘り下げてしまうようなことを言って……。いや、でも……よかった……。マリアは「いったい誰だったかしら……」と呟いていたから、俺は慌てて話を逸らす。
「べ、別に思い出せないなら無理に思い出さなくていいだろ。それよりこんな景色は見たことなかったよ。連れて来てくれてありがとう」
「いいえ、どういたしまして」
俺が気を使ったのが伝わったのか伝わらなかったのかは分からないが、彼女は笑顔で応えてくれた。
「あれー、二人でラブラブしてどうしたのかなー?」
「いや、別にラブラブなんかしてな……」
後ろから聞こえてきた声に反射的に答えようとしたが、ここには俺とマリアしかいなかったはずだ。誰かに近づかれた気配もない。バッと振り返ると奴らの中にいる9,10歳くらいの子供がいた。顔は中性的に整っており、年のせいも相まって性別を判断しずらいが多分男。髪も瞳の色も黒いこの少年は笑顔で頂上の樹の傍に立っていた。なぜだ!? なぜお前がここに現れる!? マリアを自分の背後に庇い、俺はすぐに持ってきていたサイレンサー付きの銃を取り出して構える。
「そ、そうです! 別に私達はラブラブなど…………」
マリアはまだ気づいていないのかうつむきながら何か言っている。
「マリア! 気を付けろ! 奴らの仲間だ!」
俺はそう叫ぶとマリアはやっと異常に気付いたのか、はっとこちらを向く。
「えっ……こんな子供が……」
マリアが驚いて言う。マリアがクレイオ達に襲われた時この子供はいなかったから驚くのも無理はない。しかしマリアに説明している暇もなく、俺はその子供に向かって叫ぶ。
「お前はなんだ!? なぜ俺達に接触してきた!? お前は俺達に関わろうとしてこなかったじゃないか!?」
そうだ、この子供の姿をした奴らの仲間は俺達のことを今まで静観していたはずだ。時々クレイオと一緒についてきて俺達の様子を楽し気に眺めていたが、手を出したり関わろうとはしてこなかった。するとこの子供はなぜかご機嫌そうに俺に言う。
「ひどいなー永志は。僕にが立派なヤマツカミって言う名前があるんだ。これからはちゃんとそう呼んでよね」
この子供……ヤマツカミはそう言ってまたニコリと笑う。
「質問に答えろ……なぜ今、俺とマリアに接触してきたんだ? まさかお前もマリアを狙って……」
俺がそう言って銃の引き金を引き絞るとヤマツカミは慌てたように手を振って言う。
「違う違う! 僕は今君と戦うつもりはないよ……。ただヘラクレスが“指導者”を見つけたっていうからどんな子か見に来ただけだよ」
すると俺の背後で脅えたように立っているマリアをジロジロと見て、「へえ……この子が今回の“指導者”ねぇ……」と一人ごとを言っていた。
マリアを見れたことに満足したのか、うんうんと頷いた後、ヤマツカミはふわっと空中に浮き上がった。
「うん、今日のところはマリアって子を見れたから満足だよ……。クレイオが彼女のことを狙ってるってのも気になるんだけどさ……」
ヤマツノカミがこの場から去ろうとしているのに気づき、俺は叫ぶ。
「ま、待て! なぜお前らはマリアにこんなにも関心を持つんだ!」
その質問には答えず、代わりにこんなことを言ってきた。
「永志、今は君と戦うってことはないけど……。もしそれが起こるとしたら一番最後だよ。その時まで楽しみはとっておいてね! じゃあ、バイバイ!」
その言葉を残し、一瞬でヤマツカミは姿を消す。いつも奴らは突然現れ、突然消える。花畑に呆然と立ち尽くす俺とマリアを一陣の風が撫でる。たくさんの綺麗な花達は折れそうになりながらも、その風に必死に抗うように揺れていた。




