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深層世界  作者: NAAA
第三章 
33/65

3

 どうやら他の三人は車を使う予定はないようなので俺とマリアが使わせてもらうことにした。そういえば、マリアをノイさんの元に連れて行った時以来の二人きりのドライブだな。俺が少しウキウキしていると、マリアは最初にこの近くにある役所に向かってほしいと頼んできた。エリア5に前に来たのはいつだったかは知らないが、道は正確に覚えているようでマリアの指示に従って車を走らせているとほどなくして目的の建物に到着した。

 俺は特に用事があるわけではないが、車を降りてマリアに着いて行く。俺は入り口付近でマリアの用事がすむのを待つことにした。マリアが受付の人に話しかけると、奥へと通され、立派なスーツを着た男の前で立ち止まる。その男は笑顔でマリアを迎えて歓迎している。マリアはしきりにペコペコと頭を下げていたが、しばらくするとその男と別れて俺の方へと戻ってきた。


「待たせてしまってごめんなさい。彼は兄もお世話になった人だから私も挨拶しておきたくて……」


 なるほど、お兄さん繋がりで挨拶が必要だったのか。


「いや、気にしなくていい。……あの人はどんな仕事をしている人なんだ?」


 マリアの兄はエリア0で働いているという。では、今喋っていたあの男は何をしている人なのか気になり俺は聞いてみる。


「彼はエリア7で行われている研究で食物の品種改良についての方針を決めたりしているわ。上からその研究のためにならお金はいくらでも出すって言われてるらしくて、そういう仕事に関われて自分も鼻が高いって言っていたわ」


 この世界にエリア4、エリア7、エリア8は主に農業や林業が盛んに行われている。それに関する研究もまた然りだ。9つあるエリアのうち3つも農業や林業に当てているのは少し違和感を覚えるが、それだけその分野を重要視していると言うことだろう。

 エリア5はこの世界の中心にあることからも人の出入りが激しい。といってもエリア5に住んでいるという人は他の地域に比べて多くなく、住宅地はあまり見当たらず事務的な建物が多い。その他の地域は似たりよったりといったところだろう。


「ふーん……もうここでの用事がすんだなら、次に行こうか」

「ええ、また運転よろしくお願いします」


 マリアが次に向かったのは先ほど話題にも出ていたパン屋だった。店の扉を開けるとふわっといい匂い広がった。


「いっらしゃいませ! ……あら! マリアちゃんじゃない!」


 そういうのは少しぽっちゃりとしたおばさんだ。人の好さそうな笑顔を向けて俺達を歓迎してくれる。すると首だけ後ろを向いて「おーい、あんた! マリアちゃんが来たよ」と店の奥に向かって叫ぶ。そこから手を布巾で拭きながら出てきたのは恰幅のいいおじさんだ。


「おお! マリアちゃん! 久しぶりだなー、元気だったかい?」

「ご無沙汰しておりました。おじさま、おばさまもお元気そうで良かったです。兄に呼び出されてこの近くまで来たので寄らせていただきました」


 マリアも笑顔で挨拶した。この反応を見るに、俺達とこの四日を過ごしたことでマリアが世界から忘れているのではないかと危惧していたのだがそんなこともないようだ。


「おお、そうかそうか! 最近はエリア7でとれたいい小麦が手に入ってな。何でもどんな荒れた地でも育つのに味もいいときた優れもんだ!」


 まただ。こういう何気ない会話の中にも違和感を覚える時が多々ある。この世界に荒れた地なんて存在しない。なぜ、そんな小麦を作る必要があるのか……。いや、確かに荒地でも育った方がいいのは確かだ。俺の考えすぎなのかもしれない。

 マリアはその違和感に気付いた様子もなく話を続ける。その様子をみて俺もまっちゃん達と出会う前はこんな小さなことは考えもせずに流していたことだろう。いや、少し言い方が違うか。“考えさせないようにされていた”と言ったほうが正しい。そう考えると、背筋がぞっとする。


「まあ! それは楽しみだわ! たくさん買わせてもらいますね」

「ああ、そうしてくれると嬉しいよ」


 俺のそんなことを考えているとは知らず、マリアとおじさんは会話を続けている。

「ほら、あんたはもう戻って仕事しなさい! まだ仕込みが終わってないんだろう!」


 おばさんにそう言われておじさんは渋々仕事に戻っていく。「いっぱいおまけつけてやれよー」とおばさんに言い残し、奥へと消えていった。

 おばさんはそれを見届けると、こんどは俺の方をチラッとみたあとニコっと笑ってマリアに尋ねた。


「で、その男の子はマリアちゃんのボーイフレンドかい?」


 マリアがわたわたと手を大きく振ってそれを否定する。


「ち、違いますよ! もうおばさんったら止めてください!」


 俺はマリアが大げさに否定したので少しムッとする。だからこう言ってやった。


「まあボーイフレンドってわけじゃないですけど、プロポーズして屋敷から連れ去ったくらいの仲です」

「ちょ、ちょっと何言ってるんですか!」


 別に嘘は言っていない。俺達の様子を見ておばさんは「あらまあ」と言って笑う。


「なんにせよ仲が良さそうで何よりだよ。マリアちゃんをよろしくね」


 俺はおばさんに「はい」と返事をする。マリアはその様子をみてぷくっとほほを膨らませていた。会話が一段落してマリアが様々な種類のパンを買っていく。そのどれもが美味しそうで、明日の朝食が待ちきれない。会計の時おばさんはおじさんに言われた通りに新作のパンだの何だの言って何個もおまけを付けてくれた。マリアが「こんなにもらえません!」と言って遠慮している。それを見て俺は思わず微笑んでしまう。いい人達だ。マリアでなくてもここでまたパンを買いたいと思うだろう。こんな穏やかな気持ちになったのはずいぶん久しぶりな気がする。

 あまり俺達は人と関わらないようにしていたから忘れていた、温かい光景がそこにはあった。


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