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「え、いったいそれはどういう……」
ノイさんはマリアからの突然の今までの話は無駄だった発言に驚いて目を見開く。ノイさんだけではない。俺もめちゃくちゃ驚いている。マリアはまたチラッと俺をみてきた。そのほほは真っ赤に染まっていた。
「ノイさん! あなたはもう分かっているはずよ! 私がなぜこんな話をしてまで永志さんを紹介したか……」
ノイさんはハッと息を飲む
「ま、まさか……ついに…………」
「そう、そうなの! 私永志さんに一目惚れしちゃったの!! 昨日の夜助けてもらってこれは運命だと感じたのよ……ノイさんなら分かるでしょ……?」
いやいやいやいや、分かるわけないだろ!? なんで俺、急に告白されたの!? そして何でノイさんは感極まったように目を潤ませているんだ!?
「マリア様……つ、ついに運命の方を見つけられたのですね…………!!」
「そ、そうよ……」
そう言ってノイさんはついに涙を堪え切れなくなったのかハンカチを取り出し、目を覆う。それを見てマリアは俺に小声で指示を出す。
「ほ、ほら! マリアさんを幸せにしますとかいいなさい! そして私を連れ去る! 分かる!?」
「えっ……いや、ちょっ……」
いやいや、分からないだろ! しかしマリアは顔を真っ赤にしたまま俺を急かす。
「いいから早く言いなさい!」
その気迫に押され俺は言う通りにする。
「マ、マリアさんを幸せにします!」
俺がそう言うとノイさんは床にへなへなと座り込む。そして赤く泣き晴らした顔をキッとあげて俺とマリアに言う。
「分かりました。永志さん、マリア様を頼みましたよ! 後の事はこのノイにお任せを!!」
「ありがとう、ノイさん!」
そう言うとまた俺にマリアが小声で俺に指示を出す。
「ほ、ほら、早く私を抱えて走り出してください! 昨日したみたいに!」
もうどうにでもなれ! 俺はマリアをお姫様抱っこし家から走り出る。マリアが準備したであろう玄関に置いてあった荷物も持っていく。いや、しかしまたマリアをお姫様抱っこできるとは思わなかった。うん、これは役得だな。
車が停めてあるところまで走り、そのままマリアを車に乗せてやる。俺も運転席に乗り込み車を出発させる。その車の中、なんとも言えない空気が広がる。
「あ、あの……ごめんなさい……変なことをさせてしまって……」
マリアはおずおずと俺に謝ってきた。
「い、いや別にいいけど……」
なんかうまくノイさんを納得させられたし、マリアをもう一回お姫様抱っこできたし……。
そう思っていると、マリアは堪えなくなったように叫ぶ。
「だ、だってしょうがなかったんです! ノイさん、ああいう感じの恋愛物すきなんですもの……」
いや、マジかノイさん……。そういう理由で納得したのかよ……。優秀なメイドだけどその点に関してだけはとんだダメイドだな。
「ああ、そういうことか……。まあ俺もまたお姫様抱っこして悪かったな」
「いえ、だから別に嫌って訳じゃ…………」
「えっ、何か言ったか?」
マリアの声が聞こえなかったので俺がチラッと助手席に目をやり問いかける。
マリアは膝の上で手を握りしめ、下を向いて俯いていた。耳が赤い気がするのは気のせいだろうか。
「マリア?」
俺は再び問いかける。
「べ、別になんでもないです! 私だってお姫様抱っこされたのなんて初めてだったし……ビックリしたんですから!」
「いやだからそれはさっき謝っただろう」
俺は少しムッとして言い返す。
「だから別に謝ってほしいわけじゃないんです!」
「なんだ? じゃあ何を怒ってるんだよ?」
「怒ってないです!」
「いやいや、怒ってるだろ!」
「怒ってないです! ……だいたい昨日だって私の話も聞かずに連れていっちゃうし……」
「いや、あの状況じゃしょうがなかったんだよ! そしてそれも謝った!」
「だから別に謝らなくてもいいんですってば!」
「だったら何を…………」
屋敷に向かった時の車の中とは打って変わって賑やかなものとなった。この他愛のない口論を俺はどこか楽しんでいたのかもしれない。ホテルに着くとまっちゃんとアルとシコウが少ない荷物を持って俺達を出迎えた。俺の荷物も持ってきてくれたようでこのまま出発するつもりらしい。車を止めるとわらわらと乗り込んでくる。
シコウが気づかわしげに俺に尋ねる。
「……何も問題は起こらなかったか?」
「まあ、なんとか……」
すると、アルが俺とマリアに流れる微妙な空気を感じ取ってか聞いてくる。
「あれー? マリアと永志、何かあったのー?」
「別に何も……!」
「何でもありません!」
俺とマリアの声が重なる。マリアの方を見ると、彼女も俺の方を見ていて、目が合った。そして二人同時にぷいっとそっぽを向く。
その様子をみたアルがニヤニヤと笑いながら呟く。
「何かいい雰囲気になっちゃって……」
俺もマリアもその言葉は聞こえない聞こえないふりをする。バックミラーを見ると、シコウもうんうん頷いている。まっちゃんは興味なさそうに外を眺めていたが。
何とも気恥ずかしくなり、俺はその気持ちを覆い隠すように言う。
「じゃ、じゃあ出発するぞ!」
アルが「はーい」とニヤつきながら返事をする。アルがムカつくが俺は前に向き直り、車を発進させる。
そしてマリアにしか聞こえないように呟く。
「まあ、エリア0に着くまでよろしくな……」
マリアも小声で応えてくれる。その二人だけのやりとりが何とも心地よい。
「ええ、よろしくお願いします……」
エリア0までは車で一週間というところだろう。飛行機を利用した方が速く着くだろうが、車の方が小回りが利いていい。それに……マリアと少しでも長く入れる……。そんなことは口にださない、いや、出せないのだが……。きっとこの一週間は今ままでにはなく楽しいものになるのではないかと俺は予感する。彼女をエリア0に送り届けることでどんな変化が起こるのか、それは行ってみないと分からない。せめて、せめてマリアと別れるその時までは楽しく安らかな旅路であることを、俺は切に願う。




