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「えっ、それはどういう……」
「いや、それはどうかと……」
俺とマリアがしぶっているのをよそに、方針は決まったとばかりに早くもまっちゃんとシコウとアルの三人はベランダへと出ていた。
「永志! 早く早く! 見つかっちゃうよ! 早くマリアを連れてきて!」
アルが急かしてきたが、その言葉でやっと俺達がしようとしていることを理解してマリアが叫ぶ。
「いやよ! あなた達と一緒に行くなんて、絶対いや!」
そう言ってマリアはベットの上で小さくなってしまう。
「永志! もう来ちゃう! 早く!」
アルがまた俺を急かしてきた。分かった! 分かったよ! 連れていけばいいんだろ!
「悪い! もう時間がない!」
「えっ……ちょっ……キャッ!」
そう言ってベットからマリアをひっぺがして抱える。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。それにしてもなんて柔らかい体だろう……。いや、見た目からして柔らかそうではあるけども、特に胸あたり。マリアは驚いて固まっているため運びやすかった。
俺がマリアを連れてきたのを見て、まっちゃんとシコウとアルの三人はいち早くベランダから飛び降りてしまう。俺もそれに続き、思いっきり床を蹴って跳躍する。
「えっ……ここ……二、階……キャーーーーー!!!」
内臓が浮かび上がるような浮遊感が俺とマリアを包み込む。夜の冷たい風を切り、加速度的に速くなりながら下へと落ちていく。少し肌寒くも感じられたが、それ以上に腕の中の軽くて、小さくて、柔らかいものが発する熱が俺の体を温めてくれている。二階から一階までの僅か数秒の時間、ギュッとしがみついてきたこの少女のことをより近くに感じることができる。ドンという衝撃が足に伝わり、無事に着地できたことを知る。その衝撃により何かとてつもなく幸せな感触を左手に感じたが、きっと気のせいだろう。……いや、気のせいにするのはもったいないな。気のせいじゃない!
先行しているまっちゃん達を追う。順番はアル、まっちゃん、シコウ、俺の順だ。アルは監視カメラがある位置を把握しているのかうねうね折曲がりながら進んでいく。二階から一階に飛び降りるという通常では考えられない経験をしたマリアはしばしの間放心状態だったが、はっと我に返り、俺の腕の中で暴れだした。
「ちょっ……離しなさい! 離しなさいってば!」
そう言いながら細い腕で、俺の胸をグイグイ押してくるが、なぜか常人離れした筋力を得ることになった俺である。そんなことではビクともしない。しかし、ここまで嫌がれると罪悪感を覚えてしまう。よく考えると、いやよく考えなくても立派な誘拐だもんな、これ……。
「ごめんな……俺なんかにお姫様抱っこされるなんて、嫌だよな……」
自分でも驚くほど申し訳なさそうな声が出た。すると少女はびくっと身体を震わせ
「……いや、別にあなたにお姫様抱っこされるのが嫌というわけでは……」
とごにょごにょ言うと、先ほどとは打って変わっておとなしくなった。なぜかは分からないが、運びやすくていい。しばらくそのままの状態で走り続けると屋敷の塀の所まできた。一度マリアを下すと彼女はふうっと溜息をついてから俺達に向かって言う。
「この高い塀を私を抱かえて登るのは無理でしょう……。戻ってきちんと説明しましょう。今すぐ戻ればきっと理解してくれるわ……」
いや、理解はされないだろう……。それにもう引き返すつもりはさらさらない。まっちゃんがマリアの言葉を聞いて平然と言う。
「いや、無理ではないぞ。このロープでお前をぐるぐる巻きにしてだな……」
そういうと彼女は顔を青ざめていく。冗談ではないと直感的に理解したのだろう。
「わ、わかったわ!自分で登るから、それだけは止めて!」
「いや、登るって……マリア一人じゃ登り切れないだろう」
俺がそう言ってもマリアは引き下がらない。
「ほら! そのロープを上から垂らして頂戴! それすれば私一人でも登れるわ!」
うーん、まあそれなら行けなくもないか。そう思って俺はまっちゃんとシコウとアルに言う。
「まあ一回やらせてみよう。お前らは先に上がってロープを垂らしてくれ。俺が落ちないように下で見張ってるから」
「あ、待って。僕も下で見張ってるよ!」
アルがなぜか下に残ると言い始めたが、別に問題もないので勝手にさせておく。まっちゃんとシコウは俺の意見を聞き入れてするすると塀を登っていき、ロープを垂らしてくれた。それをマリアは唖然とした表情で見ていたが、よしっと気合を入れて登り始める。ゆっくりとではあるが確実に登っていく。高いところも平気なようで物怖じした様子もない。俺達と奴らが戦った直後でも取り乱さなかったし、案外マリアは胆が据わっている。マリアが塀の三分の二ほどを登り切ったところでアルが俺に話しかけてきた。
「ねえ永志、残念に思ってるでしょう?僕も同じ気持ちだよ……」
「何をだよ?」
「またまたー。永志も期待して下に残ったんでしょ?」
「だから何を言っているんだ、お前は?」
「とぼけたって僕には分かるんだからね! 永志もマリアのパンツが見えると思って下に残ったんでしょ?」
「…………」
いや、そんなことは考えてなかったが言われて気付くとなんとも残念な気持ちになってくる。というのもマリアが着ている白いワンピースのようなパジャマは一見するとスカートのように見えるのだが、どうやら股の部分は繋がっているらしく、中を覗き見ることは叶わなかった。アルが俺の肩に手を置いてやれやれと首を横に振りながら言う。
「全く、期待させるだけさせておいて……困った子だよね」
困った子はお前だ、とは言えなかった。なぜならアルに言われてからではあるが俺も確かに残念に思ってしまったからだ……。




