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ベットの上の少女は白いワンピースのようなパジャマを着ており、大きく見開かれた目から覗く瞳の色は透き通るような青だった。金色の美しい髪は胸あたりまで伸ばされていて、部屋の光を反射してそれ自体が輝いているように見えた。年は17,8歳だろうか。誰がみても美少女と呼べるその容姿に俺は少しの間見入ってしまう。
その少女が脅えながらも声を振り絞って叫んだ。
「な、なんなんですかあなた達は! いきなり人の部屋の窓から入ってくるなんて! あれ? でもここは二階……」
無理もない。突然のことで状況が把握できていないようだ。まっちゃんが少女の声を無視してクレイオに問いかける。
「なあ、こんどはこの娘を狙ってるってわけか?」
「そうだ。彼女も一度世界から排除した方がいい。……今回も私たちの邪魔をするのかね、正隆?」
その言葉を聞いて少女が「ヒッ!」と小さな叫び声をあげてベットの上でクレイオから距離を取るように動く。
「当たり前だ。こんなこと見過ごせるかよ」
「……あなた達のような存在も世界が認めているのは確かだが、こちらとしてはなんとも煩わしいものですね」
まっちゃんとクレイオが言葉によるやり取りをしている間に俺は少女を庇える位置まで移動する。
そこでアルとシコウが部屋の中に入ってきた。シコウはどうやらアルを俺とまっちゃんと同じ方法でベランダまであげた後、アルが垂らしてくれたロープを登ってきたらしい。
話しても無駄だと思ったのか、まっちゃんはクレイオに切りかかっていく。それを見てクレイオも抜刀した。オーディンは素手で戦っていたが別に奴ら全員が武器を使わないというわけではないようで、クレイオは片刃の、主に突くことを目的とする構造をしている剣を扱う。
対してまっちゃんはの剣は片刃であることはクレイオのものと変わらないが剣の反りが比較的大きく、主に切ることを目的とする剣を扱う。場合によっては突くことも可能なこちらの方がいいと思い俺が練習時に使う木刀もこの形にしている。
「おらっ!」
まっちゃんはそう気合をいれて頭の真上まで振りかぶった剣をクレイオに向かって振り下ろす。が、こともなげにクレイオはその剣戟を受け流した。まっちゃんは上下左右から剣をふるうのだが、その全てをクレイオは受け流す。
奴らと戦う時、俺達は恐れずに攻めて攻めて攻めまくっている。奴らは俺達が逃げ出すと追ってくることはなく、戦いを止めるから思いっきり戦えるというのもあるが、攻め続けなければ実力で上回るクレイオの時間稼ぎにはならないからだ。そして狙われているクレイオを足止めしている間に狙われた人を救出。一度救出してしまえば奴らはもうその人を狙わないようだ。
俺達を突破しようとするのはクレイオも同じだ。今もまっちゃんの攻撃を受け流した後、体勢をくずしたまっちゃんの腹に蹴りをいれる。
「くっ……!」
呻き声をあげてまっちゃんが吹っ飛び部屋の壁にあたりドンと音がする。
「キャアッ!」
その音で我に返ったのかまっちゃんとクレイオの戦いを口をあけポカンとした様子で見ていた少女が悲鳴をあげる。少女とクレイオの間には俺しかいない。シコウとアルがかけよってくるが……ダメだ、間に合わない。
俺が突破されたら終わりだ。クレイオに少女を連れ去られ、銀髪の女の手に触れられたら死んでしまう。そんな光景は何度も見てきた。今回は奴らの思い通りにはさせない。
こちらに向かって疾走してくるクレイオにむかって銃を構えてすぐさま発砲する。プッシュと音が鳴り放たれた弾丸がクレイオに向かっていく。奴らはどうせ普通の銃で撃ってもダメージを負わない。だったら牽制できるほどの威力があればいいと考え最近はサイレンサー付きの銃を使っていた。それでも夜の静かな部屋の中ではとても大きい音に感じられた。
放たれた銃弾を紙一重の所でクレイオは避けようとする。しかし俺にはクレイオの髪を僅かにかすめそこがキラリと光った気がした。俺以外誰もその光には気付かなかったようだが……。俺が銃を撃っても臆することなくクレイオは迫ってくる。この距離では銃はもう使えない。すぐにそう判断して銃を放り投げる。俺まであと数歩の距離まで迫ったクレイオは俺に向かって剣を突き付けてくる。それを寸でのところでかわし、クレイオの剣を持っている右手を捕まえた。これで少しは時間が稼げるはずだ。シコウが俺の方に向かって走ってくる。それに少し遅れる形でアルも続く。
「アル! 彼女を連れて逃げろ!」
「わ、分かった!」
この中ではアルが一番戦力にならない。この配役が適当だろう。シコウも俺に近づくとこの距離で銃を撃つと俺のことを巻き添えてしまうと考えたのだろう。手にしていた銃を手放してクレイオに駆け寄り、思いっきりクレイオの右ほほを殴った。さすがにクレイオも一歩後ずさったがさしてきいてはいなさそうだ。クレイオはシコウを睨み付けると煩わしそうに剣を持っていない方の左手でシコウを振り払う。
「ぐはっ!」
シコウが吹っ飛び部屋の床を転がっていく。そのまま左手で俺の首根っこを掴んできて物凄い力で引っ張てきた。その力に抗えず俺はクレイオの右手から引き離される。
「うおっ!」
そのまま放り投げられ俺もシコウと同様に部屋を転がる。はっとしてアルの方を見ると少女が腰を抜かしてしまっているようでまだ脱出できていなかった。まずい……このままでは……。
「うおおおおお!!」
すると吹っ飛ばされたまっちゃんがいつの間にか起き上がており、思いっきり飛び上がった。クレイオもとっさに反応するが体を僅かに逸らすことしかできなかった。まっちゃんの剣がクレイオの肩に向かって振り下ろされる。
「っつ!!」
剣が肩口に切り込まれ、クレイオが呻き声をあげる。するとクレイオの肩から光が溢れ出した。やはり俺の銃はあたっていたのだ。これまでの戦闘ではたとえ攻撃が当たってもすぐに傷がふさがるだけだったが、今日は光が溢れ出した。こんなことはオーディンと聞いた話ではあるがシコウの弟の最期だけだ。やはり今日は何かが違う。隻眼の男がいるからというだけではないと思うが……。
クレイオは顔を歪めながらまっちゃんを振り払うと肩にささったままの剣を引き抜き、俺達から距離をとった。そして自分の肩から漏れ出る光を見て目を見開いて驚いた後、苦い物を嚙み潰したように表情をする。
「世界は私すらも不必要だと判断したのですか……。いや、そう結論づけるのはまだ早い……。いいでしょう。その娘は今回に限り見逃してあげましょう。しかし、その娘はあまりに危険だ。また私はその娘の前に現れます。その時も果たしてあなた達は守り抜くことができるでしょうか……」
そう言った後、隻眼の男の方に向き直り話しかけた。
「ヘラクレス、お前はどうするのですか?」
改めてこのヘラクレスと呼ばれた隻眼の男を見て見るとクレイオは細い体付きをしているのは対象的にガッチリとした体つきをしている。見た目は四十台半ば。頭髪は短く刈り揃えられており、あごにも短く髭を生やしている。ヘラクレスは少し考えるそぶりをしてから答える。
「……私は少し話がある」
「……まさかこの屋敷に“指導者”がいるとでも言うのですか?」
「…………」
「……まあいい。好きにしなさい。私は一度撤退しましょう。では、正隆、永志、シコウ、アル、四人の世界の反逆者達よ。また会う時まで……」
そう言うと忽然と姿を消す。いきなり現れたり消えたり……便利だな……。
銀髪の女も俺達にむかって一礼した後、クレイオの後を追うように消えた。
「ま、待て!」
いつの間にか立ち上がっているシコウがそう叫んだが既に銀髪の女は消えた後だ。
クレイオが去ったことで少し気が抜けてしまった。自分が吹っ飛ばされたままの姿勢でいることに気付き、立ち上がる。
するとヘラクレスが少女とアルがいる方にむかって歩き始めた。そうだ、今日はこいつもいたんだ。まだ戦いは終わっていない。気持ちを切り替えてヘラクレスに向き直ると彼は俺達に牽制するような目線を向けてきた。
「安心しろ、危害は加えない。私はマリア様と少し話したいだけだ」
少女がその言葉に驚いて反応する。
「えっ……なんで私の名前を知って……」
ヘラクレスは少女がいるベットのふもとまで行くと跪き、恭しく彼女に言った。
「マリア様、あなたはこの世界の“指導者”に選ばれました。私が付き従うことはできませんが、どうか息災であられますよう……。では、エリア0にてお待ちしております……」
マリアと呼ばれた少女は目をみひらいて呟く。
「どうしてそのことを……」
ヘラクレスはその問には返事をせずに、立ち上がって再び俺達の方を見る。
「マリア様を頼んだぞ……」
その言葉を最後にヘラクレスも姿を消した。




