プロローグ1 終わる世界は騒がしい
主人公は男の子です。
その日は普通の日だった。普通の日…だったと思う。なんのことはない日常の風景。未だ寒さの残る二月の終わり。僕は大学生で、不安になるほどに安い野菜と豚のこまぎれ肉を買って、夜の道を帰る途中だった。なんでこうなったのだろう。彼女はまだいなかったけど、普通に友達が居て、サラリーマンと専業主婦の両親を持ち、22年間を平凡に生きてきた。内定も無事もらい、これから頑張らないといけないのかなぁなんて。結婚して、子供が出来て、孫が出来て、幸せに老衰で大往生出来れば幸せだなぁなんて。漠然と考えていたのだけど。
急に、唐突に、突然に。大統領が、内閣総理大臣が。全世界で放送を始めた。
ラジオやテレビ、ケータイ、ビルの電工掲示板で。どうやってかは知らないが、ウォークマンやiPodなんかの電波を受信してなさそうな物からも。世界に対して、警告を発した。
彼らはいつも貼り付けている外交向けの笑顔ではなく、妙に真面目腐った硬い顔で
『明日、世界は終わります。』
と、そう言った。
誰もが始めは信じなかった。いや、皆信じたくなかった。
しかし本能が伝えていた。全身の細胞の一つ一つが、これでもかと叫んでいた。
これは真実だ。
そう叫んでいた。
そこからの記憶は曖昧だ。
『阿鼻叫喚』そんな言葉がまさにピッタリだった。理解するのに要した時間はどれくらいだったろうか。一時間か、数十分か。いや、ほんの数秒だったのかもしれない。でも、そんなことはもはやどうでも良かった。先に動き出した人達は各々の方向へ走り出した。みんな、大切な人がいる。大切な物がある。すぐに大混乱になった。誰も、道を譲ろうとする人はいない。タクシーもバスも電車も、動かなくなった。もはや交通は機能していない。皆が皆、必死なのだ。
そんな走り、流れてゆく人々を眺めつつ、僕は自販機のコーヒーを飲んでいた。だって、僕の家はすぐ近くだ。急いで帰る必要もない。そんな中、もはや荒れ狂う濁流と化した人波の中でお婆さんが荷物を重そうに抱えて右往左往しているのが見えた。そこに若い女の子が助けに入った。でも、この濁流の中では女の子の助けが入った程度ではどうにもならないだろう。
…仕方がない。このまま眺めているだけでは世界が終わった時の後味が悪いので、僕も助けに入ろうかな。決して、決して、再三に言っておくが、女の子がタイプだからだとか、そんなやましい気持ちは一切…ほとんどない。ただ、人助けの精神に目覚めただけなのだ。何も不思議なことはないな、うん。
…そこの奴。世界が終わるのに後味もクソもないとか言わない。
棒バンドの方々とは一切関係ないのであしからず。