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「ふぅ、こんなところだね」
ワープホールから放り出された後、僕らはたまたまあった切り株に座って話をした。おもに、あの世界のことについて。
日差しは強く、いきなり戻ってきた時は、あまりの光に目が痛んだ。
目を慣らせるために何度も瞬きを繰り返し、ようやく一難去ったと実感し、ため息を吐いた。
あの生き物の正体は、レイさんも分からないらしい。
ただ、あの生き物による被害が出ている、殺されていることは分かっている。
勿論、人が。
あの世界は、時間の歪みが起きてしまった結果らしい。光の世界と、闇の世界に別れてしまった。
それぞれの世界は、ゆっくりと時を刻んでいく。
光の世界は発展へ。
闇の世界は破滅へ。
「で、そこで相談なんだけど」
話の一区切りがついたところで、レイさんがパン、と手を叩く。
「その、世界の破滅を、さ。止めてみない?」
キラキラとした期待の眼差しが、僕に向けられる。
「え? なんで僕が?」
「ん? なんとなくだけど。気に入っちゃったし」
そんなことで決めていいことじゃないと思うんだけど。
「何か、組織でもあるの?」
「あるよ! 私と、君の、二人だけの組織が!」
よくぞ聞いてくれた、といった様子で、両手を大きく広げる。
僕は引きつっているかもしれないけど、ひとまず笑いを顔に浮かべる。
そして、溜まっていた質問をぶつけた。
「二人だけで、何ができるの?」
「できるよ、大体の原因は分かったからね。後は解決するだけ。それで、一人じゃ寂しいから二人で行こうって言ってるの」
「あっちの世界救ったからって、何があるの?」
「こっちの世界だけ幸せで、あっちの世界は人が毎日死ぬなんて、嫌だよ。みんな、幸せに生きたいんだから」
「だからって……命の危険もあるんでしょ?」
「派手なことさえしなければ大丈夫だよ」
「今日の、あの咆哮は?」
「あれは……ただの偶然。そう、偶然なんだよ」
「……そうなんだ」
ダメだ、絶対に危険だ。
あんな世界に、一欠片の希望さえも消えていった世界で、危険がないなんて有り得ないんだ。
僕だって、なんとかしたい気持ちはある。あるけど、命は一つしかない。
色んな世界を見てみたい気持ちはあるけど、それで死んでしまったら元も子もない。
それこそ、今日は逃げられた生き物に会ってしまった時には……そう考えると、恐ろしくて身震いする。
「……レイさんは、どうしても行くの?」
レイさんは俯いて、柔らかな草が生い茂る地面をじっと見つめている。
答えはすぐに聞けた。
「行くよ。ラギくんは、行きたくないんだね?」
地面から、僕に視線を戻す。
藍色の瞳からは、確かに悲しい、そういう感情を読み取れた。
こんな表情をされると、行きたくない、とは言えない。
せっかく人と交われたんだし、たまには良いかな、なんて。思ってしまった。
「ううん、行くよ」
途端に、暗かった表情が明るくなる。
こういう人なんだね、レイさんは。まだ会ったばかりでどんな人なのかも分からないけど、これから知っていけばいい。
今日会ったばかりの僕に声をかけたってことは、もう誰もいないのかな。
「それじゃ、早速行こう!」
僕の手を握り、急に立ち上がる。
そして、未だに残っていたワープホールに引っ張っていく。
「ちょっと待って、キノコは?」
「いいよ、もう。私が欲しかっただけで、あっちでも使えるし」
「でも、準備とか」
「大丈夫!」
強気で言うからには、何かあるんだろう。食料も、着替えも、寝袋すらもないけど。
不安。
「それじゃ、行くよ。ついて来てね」
ここから、僕の旅が始まるんだな。
まだ見たことのない、色んなものを見てみたい気持ちが次から次へと溢れ出してくる。
いや、元々僕の中で眠ってた思い。
「……楽しみだなぁ」
死の危険があるというのに、口から自然と漏れた言葉。
楽しんで来ても、別にいいよね。
世界を救うには、僕には荷が重いかもしれない。でも、原因は見つかっているんだから、きっと僕にもできる簡単なもののはず。
自分の身を守れるように、いつでも逃げる準備だけは欠かさずにしよう。
「行ってきます」
当たり前だけど、返事は返ってこない。
僕はなぜか心がすっきりした気分になって、ワープホールへ飛び込んだ。
未知の世界への、入口へと。