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「ここで、青いキノコ二十個採ってね。それだけだよ」
「青いキノコ?」
「ほら、これだよ」
レイさんが一つ、足元からキノコを抜き取る。見た目は青の上に赤い斑がたくさんある、毒々しいキノコ。
因みに、現在地はさっきよりもけっこう歩いた場所にいる。
森を抜けた先の、草原が足元に広がり、目の前には大きな滝がある広い湖。かなり遠くのほうで川も見えるから、そこから下流へ流れていくんだろう。
滝が水をまき散らしてくれてるおかげか、この辺はかなり涼しい。あの冷たそうな水を浴びたいとも思うけど、全身の骨が砕けそう。
「渡しておくね。これと同じのを、十個でいいよ。滝の近くの岩とか、森とかに生えてると思うから、お願いね」
「分かったよ、ありがとう」
これだけ言ってくれるんなら、質問することは何もない。
レイさんは森の中に行ったので、僕は滝の近くを探そうと、滝の近くまで行く。
「にしても、勢いが強いな」
少し距離があるのに、威圧感がすごい。
滝のへ近付くと、草原がゴツゴツした大きな岩の溜まり場に変わる。
足を踏み外すと危ないから、一個一個飛び移って探していく。
踏み外してボチャン、なんてのだけは勘弁。
「あ。これだな」
岩の間に隠れるように、ひっそりと小さいのが一つ。かわいい。
よく見逃さなかったな、こんなの。とか思いながら、岩の隙間に手を伸ばす。ギリギリで掴み採って、立ち上がる。
「えーっと、入れ物は……」
ない。とりあえず手に握っておくしかないか。
十個集めて、手に持ちながらこの足場を飛ぶのは、さすがに無理がある。
やっぱり入れ物を貰いに行こうか。
岩ばかりの足場をさっさと抜け、柔らかい草原に飛び降りる。靴越しでもわかるふわふわ感が気持ちいい。
「で。レイさんは、と」
再び森の中に入り、歩きながら人影を探す。焦ってもしょうがないから、のんびりと。
でも安全ってわけじゃないから、少しは警戒しておかないと。
獣が出てきたら、逃げるしかないんだよな。武器忘れて来ちゃったし。
どこかその辺に落ちてないかなー、剣とか。
今更気付いたことだけど、無闇に森に入らない方が良かったかもしれない。
森にはいつもお父さんと入ってたし、お父さんは何か変なもの使ってたから。
あそこでレイさん待ってれば良かったなーなんて後悔しつつ、ドンドン森の中へ入って行く。立ち止まったってもう遅いし。
滝の音も、もう聞こえなくなってきた。木の間から差し込む光は、少しづつ減っていき、葉の色も緑に汚い色が混じっていくようになっていく。紫と黒の間、かな。
木もところどころ捻じ曲がっていて、どう考えてもおかしいものがある。というか普通の木じゃない。
「恐ろしい森」
確か、名前があったはず。オソロシの森? 死霊の森? なんだったっけなぁ。村の人が適当に付けた名前らしいからどうでもいいんだけど。
手にキノコを持ちながらさらに進む。もう辺りは暗闇に近い。
奥に進むにつれ、今度は木に付いていた葉が無くなっていく。
だんだん雰囲気を増していく怪しげな森。僕の住んでいる近くにこんな森があったなんて、気付かなかった。
「あ、あれは……」
地面に落ちている錆びついた剣が目に止まった。既に紫色になった草原に放置されている剣。
罠って考える前に、近くまで寄って拾い上げ、柄を右手で握ってみる。そこでその可能性を考えたけど、もういいやと考えを捨てる。
一、二回振り回す。壊れなかったので、少しは使えるようだ。
鞘は落ちていないみたいだから、持って歩くしかないか。
「ラギくん」
歩くのを再開しようとしたところで、後ろから声が聞こえた。肩に軽く手が置かれる。
何の警戒もなく後ろにいるだろう人に振り返る。
「あれ?」
でも、誰もいない。あの声はレイさんだと思うんだけど。そもそも人間があの人以外いないと思う。
肩に手が置かれたままなので、もう一度振り返る。誰もいない。手の重みもなくなった。
「おかしいよな。さすがに」
一周回って見渡すと、やはり誰もいない。というか暗くて、いたとしても分からない。
薄暗闇だから、少しは見えてるけど、灯りが欲しい。
「上は?」
最初会った時のように、枝に座ってるんじゃないかな。見上げると、葉のない太い枝が、数本あるだけだった。人はいないか。
こんな状態だと、時間さえちゃんと分からない。お腹は空いてきたから、昼は過ぎたのかな。
しばらくあてもなくフラフラ歩いていると、微かに水の音が聞こえてきた。
元々僕がいた滝の音なのかもしれない。さっきの場所に戻ってきたと考えたい。
でも、周りの草木は紫色のまま、保たれている。
「何なんだよ、ほんとに」
お腹が空いてくるとイライラしてくる。
音がした方向へと近づいて行くと、木がなくなった。狭かった視界が急に広くなる。
そこは、草原が広がるだけで、水は一滴もない。
まだ暗いままだったので、空を見てみると、真っ黒だった。
夜なんておかしい。まだそれほど歩いていないはずなのに。
まるで、どこか違う世界に来ちゃったみたいだ。
「おーい!」
ここで、声が聞こえた。
後ろのほうから声が聞こえたから、さっきみたいにおかしなことになるかも。
少し用心しながら、振り返る。
すると、木の中から走ってくる人影が見えた。右肩に長い棒を担いでいるから、僕の予測は間違いじゃないと思う。
「ハァ……探した……もう」
僕の前で止まり、棒を杖代わりにして息を調える。今回は本物だね。
「レイさん、ここって別世界か何か?」
そんな少女を見ながら、僕は軽く訊いてみる。
馬鹿みたいなことなんだけど、もしかしたら違う世界があるのかな、と考えている自分がいる。
「そ、だよ。別世界。危険な、世界」
僕の質問に対して、適当に言葉を並べて軽く答えてくれる。
息を調えてから、レイさんは再び話し始める。
「で、これからなんだけどね。もうここで終わらせちゃおう。キノコ集め。戻ってからやるのも、面倒くさいでしょ?」
「まず戻れるの? この世界から」
「うん簡単。でも危ないから、もう離れないで」
僕の手をガッチリと掴む。右手で棒をブンブン振り回しながら、ズンズンと森の中へ戻っていく。
危ないのなら、もうちょっと慎重に行動したほうがいいんじゃ……一応異世界なんだし。
僕がそう思っていても、レイさんには伝わることはない。
簡単に抜けられるって言ってたし、もう任せよう。任せっぱなしだけど。