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京都にての物語

神泉苑~悪男避、良男現~

作者: 不動 啓人

「どうする、二条陣屋にじょうじんやに入るには、まだ時間があるけど」

「だったら神泉苑しんせんえんにいこうよ。私も少しは調べてきたんだ」

「ええぇ、神泉苑ってただ池があるだけで何もないよ」

「だって時間あるんだったら、ぶらぶらしているだけじゃ勿体無いでしょ。それにね、私一つ発見したんだ」

「発見?何を?」

「行くまで内緒」

「ええ、それって色んな意味で面倒」

「いいじゃない。時間あるんでしょ?じゃぁ、行こうか」

 犬飼いぬかいあずさは、以前神泉苑に行ったことがあるので、余り乗る気ではなかったが、上重美和かみしげみわに促されて売店のベンチから腰を上げた。

 神泉苑行き発起人の萩野佐奈はぎのさなを含め三人の女性一行は、二条城にじょうじょうの東大手門を右手に出て、更に次の交差点を右に曲がった。少し歩けば神泉苑の北門の前に出る。

「そういえばさ、二条城でずっと私達の後ろを付いてきた男の子達に気付いた?」

 佐奈は右手に美和とあずさの順で並んだ二人に笑い掛けた。

「ああ、なんかいたねぇ。大学生っぽいのでしょ?」

「そう、あずさも気付いてた?」

「というか、気付いてくださいってぐらいに、視線を合わせてきてたでしょ」

「結構、可愛い子達じゃなかった?」

 佐奈はそう言って、ちらっと美和を覗く。

「えっ、可愛い子?」

 美和のあからさまな反応に、あずさは笑う。

「美和、食いつくねぇ」

「だって、可愛いんでしょ?ちょっと興味あり」

「でも、見られていたの気付いてなかったんだ。あんた鈍感だね」

「よし、今なら間に合う。戻ろう」

「やめい。ほら、行くよ」

 あずさは戻ろうとする美和の腕を引っ張って強引に前を向かせ、更に背中を押した。

 美和は大袈裟に溜息を吐いた。

「はぁ、これだから待ち人はこないのよ……」

 とぼとぼと歩き、やがて三人は神泉苑の北門を潜った。


 未だ冬の寒さ厳しい二月。会社の同僚である三人は一泊の予定で京都を訪れていた。今日はその二日目。

「ほんと、池だけだね」

「だから、言ったでしょ」

 美和の呟きに、あずさがガイドブックのページを捲りながら、ぼやいた。

 それでも一応ガイド役であるあずさは、神泉苑の説明を始めた。

「えーと、神泉苑。平安造都の一環として整備されたのが始まりで、天皇や貴族らの遊行の場となった。その後、旱魃時には灌漑用水や生活用水として利用される一方、祈雨法会の場ともなり、更には祇園祭ぎおんまつりの先駆けともいえる御霊会ごりょうえが行われた。しかし中世に至り荒廃し、江戸期には二条城造営に伴い、その大部分の敷地を削られ、現在は僅かに残された池にかつての面影を偲ぶばかりである。――以上」

「ふーん。……で?」

「で、って言われても知らないよ。で、佐奈?」

 美和からあずさに向けられた問い掛けを、あずさは左の端っこの佐奈に押し返す。

 佐奈は待っていましたとばかりに、肩掛けの鞄から片面に印刷された用紙を一枚取り出した。

「えっと、今あずさが説明してくれた通り、この神泉苑は雨乞いの会場となっていました。その中でも一番有名な逸話が、弘法大師こうぼうだいしこと空海くうかいの祈雨の話です。旱魃に見舞われた年のこと、朝廷は空海に祈雨の勅命を下しました。すると、西寺さいじを預かっていた守敏しゅびんという僧が空海に代わり自らが祈雨を務めると進言しました。が、いざ法会を行うも、雨は降りませんでした。そこで空海が法会を行ったところ、やはり雨が降りません。不信に思った空海は原因を探ったところ、守敏が雨を降らす竜神達をその呪力によって瓶に閉じ込めてしまっているのを知ったのです。空海は仕方なく、更に竜神を求めたところ『善女龍王ぜんにょりゅうおう』が守敏の呪力を逃れている事を知り『善女龍王』に祈念した所、見事雨が降ったのでした。それ以後、神泉苑には『善女龍王』が祀られています。それが、あの池の中央に安置された社殿です。さっ、さっ、お二人供、こちらへどうぞ」

 佐奈は二人を導きつつ、苑内へと入っていく。

 左手に見る池には龍王船りゅうおうせんが浮び、貴族の雅を再現しているようだ。

 細い通路を通ると、やがて左手に朱色に塗られた法成橋が現われ、三人はその法成ほうじょう橋を渡った。池にはアヒルの姿もあり、三人に近付いてくるが、餌が貰えないとわかるとさっさと去っていってしまった。

 善女龍王社を前にして、佐奈は手に持っていた用紙を鞄にしまった。

「さぁ、二人供。ここに善女龍王が祀られているのです」

 まるで本物のガイド気取りで、右手を挙げて二人に善女龍王を紹介した。

 二人は、

「……うん」

 だから?といった様子に頷いたまま黙り込んだ。

「ご利益は、ここに書いてあるように心願成就なんだけど、あっ、あとそうそう、なんでも源義経みなもとよしつね静御前しずかごぜんの出会いがこの神泉苑なんだって。だから恋愛成就のお願いに来る人も多いんだって」

 恋愛ですって、と美和が敏感に反応したが、あずさはあっさり言ってのける。

「でも、義経と静御前ってハッピーエンドじゃないじゃない。お願いしてもろくな結果にならないんじゃない?」

「そうなの?」

 あずさは黙って深く頷いた。

「でも、美和、諦めちゃ駄目!ここで私の大発見の話になるのよ」

「えっ、私にも、まだ希望の光は輝いているの?」

「もうちろん、燦々と!」

 あずさは二人のやり取りに引き攣った笑みを浮かべた。

「実はね、さっき話した逸話にヒントは隠されていたの。これほど女の子想いの神様はいないって感じなの。よく聞いて、この善女龍王は卑劣な守敏の呪力を見事に避け、そのお陰で空海に見出されることによって力を発揮し、ここに祀られるに至ったの。という事は――悪男(守敏)を避けた結果、良男(空海)が現われたってことにならない?」

「つっ、つまり?」

「つまりぃ、神様の行為がご利益に繋がってくるのであれば、この善女龍王に願えば、悪い男は遠ざけて、良い男だけが寄ってくるって事じゃない! しかも大企業の社長(空海)クラスが!」

「さっ、最高!お賽銭、お賽銭」

「美和ずるいよ、私が先ぃ」

 佐奈と美和はジャラジャラと小銭をお賽銭箱に納め、手を併せて深く、深く祈願した。

 あずさは二人の後姿に溜息一つ。と、噂の大学生と思わしき男性三人組が北門から入ってくるのが見えたので、

「ほーら、お二人供、あの子らは、悪い男?良い男?」

 丸めたガイドブックで、二人の背中を小突いた。

「おお」

 なんの感嘆の溜息か、二人はそわそわと三人組の様子を窺った。

 男性の方もこちらの視線に気付いたらしく、足早に近付いてきて、代表する男性が一歩前に出た。

「皆さん、観光ですか?もしよろしかったら僕らと一緒に回りませんか?」

 三人供、なかなかの好青年だった。

 あずさは二人が誘いに乗るのではないかと嫌な予感がしたが、

「ごめんなさい。これから予定があるんで。さっ、行こうか。じゃぁねぇ~」

 一番飛びつくかと思われた美和がきっぱりと断り、二人を促して南の鳥居側から神泉苑を後にした。

 佐奈は後ろ髪惹かれる想いで美和に文句を言う。

「どうして美和。なかなか良さそうな子達だったじゃない」

「駄目。ガキはタイプじゃない」

「だって、可愛いのがタイプだって」

「ガキと可愛いは必ずしも一致しないの。私のいう可愛いっていうのはねぇ、もっとこう中性的な美しさを兼ね備えていなくちゃいけないの。ただのガキは問題外」

「……そんなんじゃ、待ち人こないよ?」

「大丈夫。今、一生懸命にお願いしたから。良い男だけカモン!」

 例え霊験があって良い男が近付いてきたとしても、美和がそれを判断できるかが問題だな、とあずさには思えて、苦笑いになんとなく空を見上げた。

「でもさぁ、考えてみたら悪い男でも来なかったら、来なかったでちょっと寂しいよね」

「えっ?」

 佐奈の一言は、冷たい風に流されて、冷たく二人の耳元を過ぎ去った。

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