ぞんびーちゃんあらわるのちょっとあとぞんびー
ぞんびー物です。
学校にゾンビが沸き、町中が地獄絵図になって三時間がたった。
ラジオや一部のテレビの情報を聞く限り、この状況は世界各地で発生しており迅速な救援は見込めない。
爆発的に増えたゾンビと軍隊が必死に戦いを繰り広げているらしいが、武器弾薬が果たして持つか…。
自衛隊は武器弾薬の備蓄が少ないと聞く。
人間が大量にゾンビになったのだ、そんなゾンビ達を倒せる備蓄は絶対に無い。
生き残るためには一般市民である日本人も戦わなければならないだろう。
碌に喧嘩すらしたことが無い人間がどれだけ生き残れるか、疑問な所ではあるが。
まあ俺には関係ないんだけどな。
逃げている最中、ゾンビに殺されそうになった時無茶苦茶強い、助っ人手に入れたんだから。
「ぞーんぞーんぞんびー♪」
「静かにしろこのバカゾンビ」
幼い子供のような甲高い、そして聞き取りにくい少女の楽しそうな声が辺りに響き渡る。
この辺りに人通りが少しでもあるならば、そんな彼女の声に反応し、振り返るだろう。
しかしいつもならば交通量がそこそこある交差点が、今は乗り捨てられた車や、鞄や自転車が散乱しているだけで。
人気をまったく感じない廃墟と化した町とようになっている、今では道路に赤黒い液体が時折転々としているぐらいだ。
そんな道路の真ん中でよくわからない歌を歌いながら歩く薄着な少女と学生服の少年。
辺りには人間だった赤黒い物体や、内臓や、手足が散乱している。
先ほどまでは動いてたであろう、人間の破片を見て気持ち悪さで吐きそうになる。
平穏な生活を送っていただけの少年にとって、この世の地獄のようなグロい光景は見慣れていない。
「気持ちわる…」
胸から込み上げる吐き気を我慢し、この光景を生み出した少女に視線をやる少年。
その視線の先では少女が未だに歌を歌っている、首をふらふらと振り、胸元に風穴を開け、右腕が無い少女が。
人間ならば生きていることは有り得ない大怪我を負っているにも関わらず、血すら流さず笑顔で楽しそうに歌っている。
その歌に釣られたのか、道路脇や近くのスーパーなどから人間達がふらふらと歩いて寄ってくる。
血塗れで、四肢が欠けていたり、身体が食いちぎられ、臓器がはみ出している人間、ゾンビ達が。
「うわっ寄ってきやがった…」
嫌そうな声で、内心びびっているのを表情に出さずボヤく。
この少女の横にいれば問題は発生しないとわかっているが、心臓がキリキリと痛む。
ここにいれば絶対に安心と言われて銃撃戦の間に立たされるようなものだ。
だがこの心境を理解してくれる人間は近くに誰一人としていない。
「いっぱいいるぞんびー」
少年も少女も素手である。
そんな二人が何十、何百物ゾンビに囲まれて無事に生還できる可能性なんて皆無に等しい。
武器があれば別だろう。
だが日本には、一人で何十人もの人間と戦う武器なんて物は無いに等しい。
アメリカやヨーロッパならば重火器があるかも知れない、だが日本では一般市民が重火器を持っているなんてことは無い。
持っているのは警察や自衛隊、そして強面の顔の人たちぐらいであろう。
「貴方もわたしもぞんびーぞんびー」
そんな状況下にも関わらず楽しそうな少女の声が響く。
その声に、少年は手をシッシッと追い払うかのように振る。
「寄ってきたぞ、早く蹴散らしてくれ」
「わかったぞんびー」
少年の嫌そうな言葉に、少女は何も思わず、従う。
同じぐらいの年の少年に偉そうに命令されても、何も感じない。
そういうこともあると今の状況を受け入れている。
「武器は無いけど、素手でいけるだろ」
少年が、普通の人間ならば大怪我を負っているはずの片腕の少女に、戦うよう命じる。
包丁や鉄バット、木材やバール、そのような武器を持たず素手のままで。
「保護しないと怪我しちゃうぞんびー」
少女が即座に反論する。
「後で何か考えてやるから、さっさと蹴散らせ」
だというのに少年は取り合わない。
何言ってるんだお前といった表情で少女を見ている。
「約束したぞんびー」
「ああ、軍手ぐらい買ってやるよ」
「りっちぞんびー」
少年は手を握り締め、身体を堅くする。
これから起きることがわかっているのだ、この場が地獄のようになることが。
「必殺技ぽいんとはたまってないから、通常攻撃ぞんびー」
準備体操代わりに左肩を回し、一番近くにいたスーパーの袋を持ったまま歩く血塗れのおばさんゾンビに近寄る少女。
普通の人間ならば、ここでゾンビに襲われ、あっという間にお仲間になるだろう。
普通ならば。
だがこの少女は普通では無いのだ。
普通で無いならばとっくに少年も少女も襲われて死んでいる。
「ただのぱーんちぞんびー、おばさんごめんねぞんびー」
少女のその声に悪びれた様子はまったく無い。
実際微塵も悪いと思ってないのだから当然のことだ。
良い事でも悪い事でもない、ただ命じられたからやっているだけだそこにまともな感情が沸くはずが無い。
少年がいなければ戦う必要すら無いのだ。
「とりゃーぞんびー」
少女が唯一残った左腕を振りかぶるとおばさんゾンビは胴体が無くなり、四肢と顔が地面に落ちた。
本来あったはずの胴体は遠くの方に転がっている。
その光景を見て少年はまた気分が悪くなる。
「どうでもいいからさっさと蹴散らしてくれ、怖いんだよ」
身体や声の震えを隠せない少年の姿、少女は特に気にしていない。
「どんどんやるぞんびー」
「とりゃーぞんびー」
「ちぇすとーぞんびー」
「とあああああぞんびー」
パンチやキックを繰り出す度に、わざわざ声をあげる少女。
理由は特に無い、声をあげたほうが戦闘をしている気分になるから声を出しているだけだ。
無言のまま、ゾンビを蹴散らすなんて辛気臭い。
必殺技名を叫ぶとまではいかないが、掛け声は出すべきだろう。
そんな子供のような事を考えながら戦っている。
「………」
少年はそれを無言で見守る。
少女が一人一人蹴散らす間にもゾンビは少年の周りに集まってくる。
それを見て顔色を悪くし、近寄ってくるゾンビを見て怯えた顔をする。
少女がいくら強いと言っても少年はただの学生のようだ。
ゾンビに襲われたら一溜まりも無いのだろう、先ほどから少女の側から離れようとしない。
「な……はや……」
「リクラスはへたれぞんびー」
何かを話そうとしたが口が震えて碌に話せないリクラス。
「う、うるさい」
リクラスは普通の高校生であり、殺し殺されの場に立ち会ったことなど無い。
ゾンビ同士の殺し合いと言えども、怖いのは怖いのだ。
どう見ても死んでいる少女が、大量のゾンビをバラバラにして臓器などをばらまく。
こんに光景を見て怯えない高校生は頭のネジが一本どころでは無いレベルで飛んでいる。
「私のように戦えばいいぞんびー」
「無理だ」
リクラスは考えること無く即答する。
「どうしてぞんびー」
「俺はお前みたいにゾンビじゃねーんだよ」
ゾンビだとしても戦えると思えないが、少女は思っていることを口にしない。
それぐらいの空気は読める。
「私はゾンビじゃないぞんびー」
「一緒だそんなもん」
「リクラスはもっと勉強したほうがいいぞんびー」
呆れた表情をしながら、子供のような甲高い声で少年を馬鹿にする少女。
その間もゾンビを蹴散らしている。
倒す以上にゾンビ達が寄ってくるので、リクラスと呼ばれた少年は嫌そうに更に少女に近寄る。
「早くしろ」
少女の真横に立ちながら命令する。
「命令ばかりされても無理ぞんびー」
不満そうに返す少女。
自分のペースで頑張っているのに、認められていないので不満も溜まる。
「さっさとしろこえーっつってんだろ!」
「わかったぞんびー」
怒鳴りはじめたリクラスに渋々と従いペースを速める。
「ほ、ほらまたきやがった」
「必殺技を使うぞんびー」
顔が引きずっているリクラスの言葉とともに少女が動き始める。
近くにいたサラリーマン姿のゾンビの頭を掴み、振り回し、ゾンビ達を蹴散らし始める。
「うわっちょ当たるって」
「そこまで神経はくばれないぞんびー」
あっという間にぼろぼろになったサラリーマン姿のゾンビを投げ、何人ものゾンビを巻き込み囲まれていた一角を開ける。
とはいえ十人程度のゾンビを蹴散らしただけなので未だ回りはゾンビで囲まれたままであるが。
「ああああああもう、早くしろ、なんでもいいから、さっさとしろおおおお」
「リクラスはせっかちぞんびー」
怒鳴り始めるリクラスに、ペースを崩さずゾンビを倒す少女。
冷静に見れば、一定以上にゾンビを近寄らせていないことはわかるが、恐怖に染まった少年は気が付いていない。
内心溜息を付きたくなる。
男ならもっとどーんと構えていてほしい。
「せっかちでもなんでもねえ、噛まれたらお終いなんだぞ」
「噛まれなければいいぞんびー」
「お前が歌うからゾンビがよってきたんじゃねーか」
「責任押し付けるとはひどいぞんびー」
少女の歌より、リクラスの怒鳴り声のほうが明らかに大きい。
それが原因で更にゾンビ達がよってきているのだから、始末が悪い。
「ぞーんぞーんぞんびー♪」
顔にかかった赤黒いものを拭い
少女は作詞作曲全て自分の歌を口癖のようについ歌ってしまう。
「あああああもうこのバカゾンビうぜえええええ」
「だったらリクラスも戦えばいいぞんびー」
「そんな力ねーよバカ!」
威張れもしない事実を声高らかに叫ぶ。
自分が出来ないことを人に押し付けて怒鳴るのはいかがなものであろうか。
リクラスと少女が喧嘩を、一方的な罵声を浴びせている間に近くにいたゾンビ達はいなくなった。
というより赤黒い物体に成り下がった。
この場に何人のゾンビがいたかわからないレベルの惨殺ぶりである。
医者などであれば、臓器の数で把握出来るかも知れないが、リクラスも少女も医者では無いし、興味も無い。
「終わったぞんびー」
「さっさとこの場離れるぞ」
先ほどからずっと少年は息を止めていたため、呼吸を再開する。
酸素が足りない、酸素が足りなく頭が痛い。身体がだるい。
「黙祷して埋葬はしないぞんびー?」
少女に黙祷も埋葬も実際やる気は無い。
死体を目にすると思わずしてしまいたくなるだけだ。
「するかバカ」
「とーとい犠牲になったひとたちに何かしてあげないとはひどいぞんびー」
「なら一人でやってろよ」
「わかったぞんびー」
リクラスの言葉を聞き待ってましたと言わんばかりに目を瞑り片腕で祈る少女。
胴体に風穴が開いているため、背中からでも祈っている手が見えるがシュールな光景だ。
なんまーいぞんびー、なんまーいぞんびーと言った、死者が成仏するどころか怨霊になりそうな祈りを捧げる少女。
黙祷といったはずなのに、祈りの言葉を捧げているのは何故なのだろうか。
そんな少女の横で、苛立ちながら終わるのを待つリクラス。
一人で先に行ったらゾンビに対抗する手段が無いため離れることができないのだ。
「私に倒されたことは忘れてゆっくり眠るぞんびー」
少女はリクラスがいなくても大丈夫だろうが、リクラスはそうはいかない。
生まれてこのかた喧嘩をしたことが無いし、ゾンビとは言え元は人間である。
あいつは死体だから戦えと言われて、戦える人間がどれだけいるのだろうか。
「来世では幸せになるぞんびー」
少女は来世なんて物はまったく信じていない。
人間死ねば、動けなくなったらお終いと思っている。
「ゾンビに来世とか言われるとか世も末だな、ああ実際世も末か…」
辺り一面に散らばる人間の破片を見て絶望しそうになるリクラス。
つい数時間前までは普段と変わらない生活を送っていた。
それが今では地獄となっている。
死にたくは無いが、生き延びて何かあるのだろうか。
あのネトゲして、適当に学校に行く生活はもう二度と帰ってこないのであろうか。
テストが嫌で学校が無くなれとか思った罰でも当たったのだろうか。
「リクラスは考えすぎぞんびー」
深く考え込んでるリクラスを見て、心配性だなあと思う。
どうなるかわからないけど、生きてればなんとかなるものだと少女は考えている。
「お前が何も考えてないだけだろ」
馬鹿にした口調で返すリクラス。
そう言われるとムッとする。
「ぞーんぞーんぞんびー♪」
「だから黙ってろ、バカゾンビ」
ささやかな仕返しで、ゾンビを呼び寄せた歌を歌い始める少女。
リズムに乗りながらふらふらと首を揺らす、余程バランスが悪いのだろうか。
「ゾンビに助けられ、ゾンビと戦うか…」
「さっきから言おうと思ってたけど私はゾンビじゃないぞんびー」
いやリクラス一回も戦ってないじゃんと思いつつ、少女は自分の事をゾンビと思っていないのに、リクラスはゾンビゾンビとうるさい。
少女はあんな死体と一緒にしてほしくない、どこがアレと同類なんだろうかと思いムッとする。
「死人が動いてる時点で、俺にとったらゾンビだよ」
彼女は胴体、胸の辺りに風穴が開いており胸が無くなっている。
その時点で動いているのはおかしい、はっきり見たら内臓が見えそうだからはっきりとは見ていないが。
「それは短絡的な意見すぎるぞんびー、私はゾンビじゃなくてぞんびーぞんびー」
「ゾンビもぞんびーも同じじゃねーか」
「全然違うぞんびー、主に口にだした時の発音が全然ちがうぞんびー」
ぞんびーのどうでもいい反論を無視するリクラス。
今はまだ人間が残ってるだろうが時間が立つに連れて減っていくだろう。
仕事に行っている母親や、ネトゲのギルドの皆は大丈夫であろうか。
「聞いてるぞんびー?」
リクラスにとってクラスメートや同級生達はどうでもいい。
元からクラスでは浮いていたし、話しかける相手も特にいない。
同じゲームをやっていた人間にネトゲでの名前、リクラスと呼ばれていたが、そいつはもう死んだ。
生き残るために、生贄にした。
だがそんなことはどうでもいい、死ねば終わりなのだ。
あの場ではああするしかなかった。
「おーいぞんびー」
だが母親やギルドの隊長の安否は気にかかる。
最初の騒動で既にゾンビになってしまっているかも知れないが、まだ生きている可能性はある。
携帯で連絡を取ろうとしても、通じない。
どこにいるかもわからない。
「無視はひどいぞんびー」
ぞんびーは切ない気分になった。
「とりあえず家だな…」
もしかしたら母親は家に帰っているかも知れない。
それにネットで新しい情報があるかも知れない、どれもこれもただの願望ではあるが。
何もしないよりはマシだ。
「ゾンビ、家に帰るぞ」
「だから私はゾンビじゃないぞんびー」
ぞんびーの左腕を掴み歩き始めるが、その手を馬鹿力で掴み返され、激痛で手放すリクラス。
先ほどのゾンビたちとの戦闘を見れば判る様に、ぞんびーは力が凄いのだ。
そんなぞんびーが普通の高校生であるリクラスの手を力加減せずに持つと下手すれば千切れる。
「いてぇ…力加減ぐらいしろバカゾンビ!」
一瞬で青痣ができた自分の手を摩るリクラス。
ぞんびーだった悪気があったわけでは無い、でも悪いことをしてしまったのは事実であり、凹んでしまう。
「悪かったぞんびー…」
謝るぞんびーを無視して置き去りにしようとしたが、すぐに帰ってくるリクラス。
ぞんびーがいないとどうしようもないのだ、どこに行くにしろ。
なにしろ、この町は既にゾンビまみれなのだから。