「髪ではなく眉こそが女の命である」
恐怖体験に耐性のない私は思わず慌ててしまったが、よく確認してみればなんてことはない、私の髪の毛が無様にカットされてるだけだった。
一番短いところでは肩より若干上くらいだろうか。
ホラー体験じゃなくて本当に良かった…!
鋏系のホラーってぱっと思い浮かばないけど。
「……それでいいのか…?」
「いや、よくないね。全然よくないよ。短い髪の毛が制服の中に入ってかなり最悪だよ。背中かゆい」
「…そう、だな。一旦髪の毛を落とすべきだな」
盛大なため息を吐かれた。
折出君の言いたい事は分かるけど、あえて言わせない方向でいる。
こうなることはなんとなく、全くの予想外ではなかったから。
ただ、少し欲を言うならこう、目の前で「あんた目ざわりなのよ!」って怒鳴られて鋏でざくーみたいなシーンを見たかったのだ。
青春ドラマの定番だよね。
それを寝過して見損ねた自分に凹んでいる。
ちぇー。
「これを使え」
制服の裾をばしばしと叩く私を見かねて差し出されたのは、一枚のTシャツだった。
学校指定ジャージの半袖ではない、これは…。
「部活用の予備だが、まだ使ってない」
「なんだぁ」
「………」
イケメンの使用済みTシャツとかどれほどの高額で落札される代物だろうと、内心盛り上がった私を見透かすように呆れた目で見られた、ごめんなさい。
折出君には呆れられてばかりな気がするよ。
とりあえず表に付いてる毛を粗方叩き落とし、上からTシャツを被って、その中で制服を脱いだ。
この手法なら、例え男子の前でも下着を見られる事無く着替える事が可能なのだ。
ふっふっふ、凄かろう。
折出君が少し残念そうな顔をしてるのは気のせいだと思いたい。
本来なら彼を退室させるとか、後ろを向かせるとか、色々やれることはあったんだろうけど、面倒臭かったんです。
人生二度目ともなると色々雑になるもんだ。
……それにしても。
「折出君、ちょっと切ってくれない?」
私が筆箱の中から鋏を取り出しつつ言うと、折出君は目に見えてぎょっとした。
大好きな黒髪ロングを蹂躙されてショックを受けているであろう彼に、こんな事を頼むのは酷いのかも知れないが、私にも一応世間体とかを気にする心がある。
「このままだとさすがにみっともなくて家にも帰れないから、簡単に揃えてくれると助かるんだけど」
鋏の取っ手部分を向けながらそう付け加えると、意を決したような彼は「そういうことなら」と受け取ってくれた。
やったね、イケメン美容師のカットタイムが始まるよ。
そう思ったが折出君は終始無言で、かなり真剣に取り組んでくれていた為、話しかける隙すらなかった。
途中見回りの先生が来て大げさに驚いていたが、異様な空気を感じ取ったのか何も言わずに去って行ったりもした。
いいんですか先生。
「……よし、終わったぞ」
さわさわと手櫛で撫でつけられて、作業の終了を告げられる。
カットする時被るビニール(?)代わりに羽織っていたジャージも取り払われ、首回りがすっきりした。
「あ、なんかすごい」
女子のたしなみである手鏡の類を持っていない私は、今この場で触る以外に確認方法がないのだが、それでも綺麗に揃えられている事が分かる。
しかもただ揃えられているだけではなく、程良く「すかし」が入ってやがる。
私が渡したのはすかし用でもない普通の文房具らしい鋏だったのにも関らず、だ。
イケメンのポテンシャルぱねぇ。
いや、この場合折出君がぱねぇのか。
美容室とか行かなくても大丈夫じゃね、これ。
首回りにくっついてしまっている髪の毛を手で払いながら喜んでいると、なんでか折出君の手が伸びてきて、撫でられた。
頬と横毛の隙間に指先を差し込むようにして、髪ではなく頬を、指の腹でするりと。
一往復だけ。
思わず彼の顔を見上げると、少し切なそうに微笑む美しいカンバセが目に飛び込んでくる。
いつもなら「イケメンのスマイルプライスレス!!!」とか思うのに、この時は何故か頬が熱くなるのをほんの僅かに感じた。
僅かすぎて見た目には出てないんじゃってくらいに。
やだ…、なんだかすごくラブコメっぽい…。
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