「女の恨みは陰湿、これ常識」
後頭部でふがふがされるのは例えイケメン相手でも悪寒が走るらしい。
全力で引き剥がした結果、我に返った折出君は土下座せんばかりに謝り倒してきた。
やめてくれたまえよ、イケメンが地面に額を擦りつける姿だなんて、私が新たな性癖に目覚めたらどうしてくれる。
「昨日付き合い始めたばかりだというのに、すまない…」
なるほど、折出君はそういうの気にするタイプなのか。
昨今の若者事情的には付き合って即エス・イー・エックスなんてこともあるよね。
BLの世界でもよくあるよね。
まぁ前世でも男性経験のない身としては、彼の奥手っぷりは逆に好ましい限りだけど。
もしすぐに手出してくるような野郎だったら下半身潰して百合カップルへ強制進化するとこだったよ。
折出君ならきっとすっごく似合うよ、ははは。
彼の顔色が若干悪いのは気のせいだろう。
そんな感じですったもんだしている間に、気付けば昼休みも終わりを告げる頃合いらしい。
そろそろ次の授業の準備をしなければとかぬかす折出君は根っから真面目のようだ。
さすが進学クラス。
忙しい彼に習いそれじゃと歩き出そうとした私の肩を、ぐっと掴んだのは綺麗な手。
もちろん折出君のものなのだが、ふむ、彼の手は彼に似合う細身の節が浮いたしなやかな手だった。
「今日は一緒に帰らないか?」
「……もしかして昨日の事根に持ってる?」
「そ…んなことはないが、どうだろうか」
しどろもどろといった雰囲気でもイケメンはイケメンだった。
ファンの女子から陰で「氷の貴公子」だとか呼ばれてる彼は、傍目から見ていて若干表情に乏しいと感じるところがあるが、こうして喋っていれば全くそんなことはないと言い張れる。
少し不器用なんだろうとは思うけど。
なんだか微笑ましくなって笑いながら、「いーよ。じゃ、図書室で待ってる」と答えれば、「すまないな」とうっすら微笑む。
いやぁ、イケメンの笑顔は美味しいですなぁ、お腹一杯でも別腹余裕です。
それから放課後にかけて、「折出伊月の黒髪ロング好き説」は瞬く間に広がった。
え、黙っておいてやれよって?
お嬢さん方のごり押しを嘗めちゃいけんよ。
可愛い子に涙目で擦り寄られたりごっついメイクしたお姉さんに詰め寄られたりしてみなよ。
事情聴取で机ドンも目じゃないね。
私から情報を得たお嬢さん方は即座に携帯へとかじり付いていた。
多分馴染みの美容室に予約を取ってるとか、そういうのなんだろう。
出回っている情報には「天然の黒髪ロング」が好きって部分が抜けてるからなぁ。
あーあ。
放課後は予告通り図書室で本を読んでいたのだが、いかんせん人が入れ替わり立ち替わりで私の元へ来るので、図書室への迷惑を考えて教室に戻った。
本さえあればどこでも問題はない。
顔を赤らめて期待に満ちた表情を浮かべる少女たちは、きっと明日から黒髪ロングのお嬢様になるのだろう。
いくら天然好きの折出君でも、より可愛らしい女の子が理想の髪形をしていれば、それが偽物だったとしても心揺らぐんじゃないだろうか。
どうせ美男子とくっつくなら、美少女であった方が見目麗しくていい。
さらに欲を言うなら、美少年であれとは思うけど。
本の縁をなぞっていると、さらりと流れた髪の毛が視界に入って来た。
この量が多くて纏めるのもしんどい持ち主としては非常に面倒な髪の毛が、イケメンのハートを射止めたとはなぁ。
「おぬし、やりおるのう」
一人小芝居で髪を一房掴みつつ、悪役笑いを浮かべる。
なにやってんだか。
時計を見れば、部活終了までまだ時間があるようだ。
私はそっと本を隅に避けて腕枕をし、寝る体制に入った。
夢うつつに誰かの声が聞こえた気がするけど、眠いから知らん。
「和泉っ!!!」
「うぇっふい!」
いきなり怒鳴られて寝起きに変な声出た!
ついでによだれも出た、やだもう死にたい…。
「うあ…、あれ、折出君…。部活終わったの…………あ?」
よだれを隠して拭いながら顔を上げる。
私の目の前にいるイケメンは折出君であっている、しかし彼は非常に沈痛な面持ちをしていた。
なんだなんだ、と思って未だ机に突っ伏したままだった上半身を起こすと。
ぱさり。
私の肩から、不揃いな毛束がばさばさと滑り落ちた。
なにこれホラー?
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