「求む、進化キャンセル」
トーヤ様は、出会い頭はこれでもかとツンクール全開で、ヒロインに対しても辛らつな言葉をぽんぽんと言い放ってきたり、そもそも無視されたり、場合によっては避けられたりするキャラだ。
しかし一定の好感度を得てルートに入ればさぁ大変。
S全開でデレてくるという罠が待っている。
あまりの温度差とSっぷりにうっかりディスプレイが涎まみれになったのも良い思い出である。
そんな彼のルートでは、終盤で心優しい勘違い男による横恋慕が発生する。
もちろん恋慕されるのはヒロインなのだが、勘違い男はトーヤ様のあんまりな態度にこじらせた片想いを爆発させてヒロインに言い寄ってくるのだ。
「トーヤのせいで傷つく君を見ていたくないんだ…、俺が君を幸せにするから(以下略」ってな感じで、どう考えても当て馬です。
そのシーンを偶然(笑)見ていたトーヤ様はヒロインに言うのだ。
「俺を捨てる気か」と。
ぶっちゃけトーヤ様ルートに来てる時点でトーヤ様ハァハァ状態なプレイヤーに追い打ちをかけるトーヤ様マジトーヤ様!
しかもセリフだけなら強気とも取れるが、このシーンはスチル付きで、滅多に見せない切なげで自信のない様子のトーヤ様のドアップという、ちょうど先程の伊月君そっくりな感じなのだ。
そしてここで選択肢が発生する。
鈍感ヒロイン風に「あなたを?なんで?」
健気ヒロイン風に「捨てたりなんてするわけがない!」
強気ヒロイン風に「素直に捨てられるつもりなの?」
この三択である。
トーヤ様ルートは基本的に健気ヒロイン風に進んで行くため、ここでもうっかり選んでしまいそうになるがそこをぐっと堪えて強気ヒロイン風を選ばなくてはならない。
「私が捨てると言ったら、あなたは素直に従うの? ペットじゃないんだから、大人しくしてるだけ損じゃない。…あなたって意外と馬鹿なのね」
これを聞いたトーヤ様は発奮して「…誰が馬鹿だと? 面白い。俺がお前をペットにしてやる。逃がすつもりはないから覚悟しておけ」という感じでSからドSに進化を果たすという素敵イベントなのだ。
ちなみに健気ヒロインを選んでしまうと、実は同じセリフを言った女に捨てられた過去があって、そのせいでヒロインを信じられなくなったトーヤ様に捨てられるというバッドエンドが待っている。
トーヤ様ファンなら一度セーブして見ておくべきエンドの一つだ。
「…そう…だな、その通りだ」
そうそう、私はもちろんトーヤ様エンディングは全制覇した口で…って、え?
「素直に捨てられる道理はない、確かにな。芽衣子本人に言われるというのはいささか気恥かしいが、期待に応えるとしよう」
口から出てたぁああああ!!!?
やらかした動揺そのままに、抱き締められた体勢から僅かに離れて顔を覗き込まれる。
その視線は今までのどこか不安げな様子とは打って変わって、すごく…ドS臭がします…。
氷の貴公子降☆臨、満を持して! みたいな?
やめてください。
私トーヤ様好きだけど別にMじゃないのよ。
むしろS男を屈服させる系のBLが好きなのよ。
あああ、そんな腐女子に、やめて、顔近付けるなんてそんな、ちょっと、ご飯食べようよご飯、それよりお前をって? おいやめろ、そういう冗談今洒落になんねぇから。
「い、つきく…ッ」
ぎりぎりで紡がれた私の呻き声が、彼の脳に届く事はないのだ。
しかし、代りに届いたものがある。
輪ゴムだった。
べちんと少し痛そうな音を立てて、伊月君の頬に当たったらしい。
我に返った様子の伊月君が、輪ゴムの飛んできた方を向いたお陰でセカンドキッスは免れた。
安堵のため息ついでに私も同じ方向を見やる。
そこには右手を銃のようにしてこちらに付きつけている、女神が立っていた。
ズボンだけど。
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