「美人の考える事はわからん」
「ねえ、急いでるところ悪いんだけど、ちょっといい?」
軽いノリで声を掛けられたからこちらも軽く振り返ったのだが、その相手がものすごい美人だった場合、どういった対応が正しいのか。
とりあえず、「へ? はぁ、なんでしょう?」なんて間抜けな声で対応してしまった私は悪くないはず。
ちなみに相手はすっごい美人だったけど、ズボンだ。
つまり男だ。
ていうかこの学校の有名人だ。
わっほい間近で見たのは初めてだけど本当男にしておくのは勿体ない美人さんだわーとか考えてたら、ふわっと花が綻ぶ瞬間の如く頬笑みをたたえた彼によって爆弾が落とされた。
「実は俺、君の事が好きなんだ…付き合ってくれないかな?」
その言葉にうっかり「ばかじゃねぇの?」って言いそうになった。
言わなかった私偉い。
「…えーと、有難い申し出ですが、生憎とワタクシには既にびっくりするほど素敵な彼氏様がいるので」
「そうなの?」
「はい…、あ、いえ、貴方が物足りないとかそういう訳ではないのですが、先行予約優先と言うことで、申し訳ありません。失礼します」
「そっか、じゃあまたね」
静かに笑みを浮かべたまま手を振る彼に「また」なんて機会ねーからと思いつつ、私はその場を足早に走り去った。
以上が伊月君との昼食が始まる五分前の出来事である。
傾国を謳われそうな美人さんに声掛けられたわーと思ったらの告白という流れに、大変申し訳ないが「またかよ」と思ってしまった。
まさかとは思うけど、モテなさそうな女子に告白するのがイケメン内で大ブームだったりしちゃうんだろうか。
なんてハタ迷惑な。
そんでオッケーしちゃった女子をからかうんでしょ、サイッテー。
そんな奴らはうっかりガチムチに掘られればいいのに。
そしてホモになればいいのに!
…そういうBLどっかにないかな。
ガチムチなガチゲイ×女の敵なチャラ男?
有りだと思います。
内心毒づいたり萌えたりと一通り忙しくした後、ようやく伊月君へ顔を向けると、彼は考える人のポーズで思案しているようだった。
イケメンがやるとなんでも似合って困るわ。
気付かない内にそっと写メ撮ってみた。
後でユッキーに送ってやろっと。
「…それで芽衣子は」
「へ?」
「…どう、返事したんだ…?」
「…普通に断ったけど?」
なんでそんな事を聞いてくるのか分からずに首を傾げながら答えると、伊月君は項垂れるようにしてやけに長くて重いため息を吐いた。
もしかして二股疑惑でも掛けられていたのだろうか。
イケメンを複数人手玉に取るのは乙女ゲーのヒロインだけで十分ですよ。
リア充は爆発しろ。
「……芽衣子、」
「な」
なんじゃい二股なんぞしとらんぜよ、って返事するつもりだった。
そんで「熊本か」って突っ込んで貰えたらいいな、なんて思ってた。
「俺に出来る事ならなんでもする、だから」
けれど彼の、悲壮感溢れる眼差しと震える唇がそれを遮る。
私はただひたすらにきょどる事しかできない。
「だから…」
「う」
縋るように抱き締められて身動きが取れない。
そういや膝の上にはお弁当が置きっぱなしで、下手に動くと私のお昼御飯が鳥の餌になってしまうではないか。
あわや大ピンチ。
色々と大ピンチ。
男子特有の厚くて硬い体が私を包んで、私の鼓動が天元突破しそう。
こいつ意外と肉付いてんな、とか思われてませんように。
私の思考が明後日の方向に飛んでる最中、伊月君は僅かに震える声で呟くように訴えてきた。
「俺を捨てないでくれ」
「!」
その台詞を聞いた瞬間、ぴんと来た。
聞き覚え、ではないけれど見覚えがあったのだ。
『ラブマジ』の『トーヤ様』ルートで。
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