「君に伝えたい事」side:折出伊月
和泉芽衣子は、当初『俺にとっての理想的な髪を持った女子』というだけだった。
幼い頃から自分の趣味が特殊だと言うことを十二分に理解していた俺は、一生涯の内に会えるかどうかも分からない理想の相手のことは半ば諦めていた節がある。
しかし入学式でちらりと見かけた彼女の髪は、まさに理想の具体化とも言えるほど文句なしのそれであった。
だから再び巡り合えた時は、不覚ながら運命だの奇跡だのを信じたくなった。
とにかく髪の毛を堪能させてほしいと思ったが、いきなりそれは流石にまずいのも学習済みである。
過去何度か理想に近い髪を持つ女子と恋人関係になったことはあるが、俺が髪にしか興味を示さない事に痺れを切らせた彼女達は早々に別れを告げて来た。
当時はそれならば仕方ないと諦めたが、今度ばかりはそうはいかない。
出来る限り、髪にしか興味が無い事を隠していようと心に決めていたのだが、早々にばれてしまった挙句受け入れてくれた時には、驚きと感動の余り我を忘れてしまった程だった。
だからこそ、そんな彼女を傷つける(本人は全く気にしてない風だったが)輩にはそれなりの報復をしなければと一人勝手に意気込んでいたのだ。
「B組でなんか騒ぎがあったみたいだけど、原因って伊月?」
俺が犯人の…古仲の髪を切った日、三限と四限の間にやってきた友人はそう言った。
A組からあまり出歩かない割になぜか情報に敏い男だ。
そして適当な言葉ではぐらかそうとしても最後まで詳細を問い詰めてくるのは身を持って知ってるから、最初から多少掻い摘んで説明してやると不思議そうな顔をしていた。
「何か言いたい事があるなら言えばいい」
「うん、なんていうか…伊月はそのまま犯人と彼女そのまま放置しちゃったんでしょ、危ないと思わなかったの?」
「………」
言われて、考える。
古仲とは多少とは言え面識があり、真面目で直向きな人柄を好ましく思っていた。
そんな彼女だからこそ、まさか芽衣子に手を出すような事はするまいと思っていたのだが、事実古仲は芽衣子の髪を切るという暴挙に出てしまった。
それは間違いなく俺の気を惹くための行動だったのだろう。
恋と言う感情の凶暴さに振り回された結果とも言えよう。
その気持ちは理解出来る、しかしそれを許容できるかと言えば答えは否だ。
結果、俺も同じ事を仕返してしまった訳だが。
そこまで考えて、気付いた。
俺はこの手で自分好みに近い髪の毛を、悪意を持って切ってしまったというのに、罪悪感がほとんどない。
あんな乱暴な切り方をすればしばらく毛先が痛んでしまう事は確実なのに。
より好みの髪の仇を討った達成感から?
理想の髪を見つけたから、他はどうでもよくなった?
違う、この感情はそうじゃない。
これは、芽衣子自身を守れなかった不甲斐無さ。
それなのに、俺は今彼女を放置して授業を優先している。
唐突な虚無感にどっと体から力が抜けて行くような気がした。
俺の表情の変化をずっと眺めていたらしい友人は、傍目には楽しそうに、けれど俺からすればにやりと悪い笑みを浮かべて、一際愉快そうな声音で喋った。
「真面目なところは君の美点だと思うけど、たまには悪い事もしてみれば?」
なんてことを言われた一時間後に、俺は芽衣子の唇を奪っていたのだから、世の中は本当に分からない。
不純異性交遊が云々等と言いはしないが、初めてが学校と言うのはある意味…まぁ青春の一頁にはなりそうだと後から思った。
唇は内臓の露出した唯一の部位で、敏感だという話をどこかで聞いた覚えがあるけれど、実際に口づけを(若干不本意ながら)したことによりはっきりと実感した。
触れていた時間はそれこそ一瞬だったが、それだけで十分だと言えた。
俺は、芽衣子が好きだ。
髪の毛もそうだが、芽衣子自身が好きだ。
好きだと自覚した直後から、その当人に若干距離を取られる羽目になったのには、少し困ってしまった。
芽衣子は俺を許容してくれているが、好いてくれている訳ではないようだから、今後は慎重に事を進めるべきだろう。
何かにつけ降って湧いて出る「口づけたい衝動」を抑えつつ、触れるのは髪と手だけに留める事一週間、ようやく元の距離感に戻った日の事。
それは俺の告白から丁度十日後で、少し遅れて来た芽衣子と二人で昼食を広げている時だった。
「あのね伊月君、私さっき告白されちゃった」
「は?」
俺と芽衣子の間には障害が尽きないらしい。
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酷い難産な回でした。
次回から段々と逆ハーレムになる予定。