「えっ」
伊月君に肩を抱かれたまま強制連行される様は、傍から見れば「カップルが朝からいちゃつきやがって…」に見えるのかもしれない。
微妙に視線が刺さって痛い気がする。
しかし伊月君は我関せずと言った様子で私を教室まで引っ張って行く。
教室に着いたら解放されたが、最後に手土産代わりのように後頭部を撫でていった。
どんだけだ。
ちなみに私のクラスの女子中三分の一程が黒髪ロングに変身済みだった。
なるほど、彼女らは伊月君狙いなんだね。
昨日の私の質疑応答中も、殊更熱心に話を聞きいていたような気がする。
しかしそんな彼女らも、私を見るや目を見開いた。
やめて、そんな目で見ないで!
見てるのは髪の毛だと分かっているが、注目される事に慣れていない身としては辛いものがある。
「和泉さん…どうしたの? その髪の毛」
そっと声を掛けて来たのはクラス委員長の古仲さん。
彼女はいつも己を律するかのようにポニーテール一択だったのだが、今日は珍しく降ろしていて、動く度にさらさらと揺れる様は芯までしなやかなアジアンビューティーって感じ。
「あはは、昨日居眠りしてたら切り裂きジャックに襲われたみたいで…」
「「「・・・・・・・・・」」」
「…というのは冗談で、伊月君に切ってもらっちゃいました…」
ちょっとしたノリで言った冗談のはずだったが、「コイツ頭オカシいんじゃね」って目で見られてしまった、ユッキーならここでノってくれるかツッコんでくれるのに。
しかし私の発言で黒髪ロング達が盛大に目を剥いた。
「えええっ!!!」
「折出様って黒髪ロングが好きで和泉さんと付き合ったんじゃないの!?」
「なんで!? どういうこと!?」
実際のところ、単純に黒髪ロングならなんでもいいという訳ではないということ。
伊月君なりのこだわりは、一日二日でどうこうできる代物ではないこと。
それらを伝えると、黒髪ロング達が一斉に崩れ落ちた。
机に突っ伏したり床に四つん這いになったりする黒髪ロング達は、井戸から出て来るアレそっくりで結構怖い。
しかも量産型。
なんてこった、逃げ場がない。
唯一絶望に打ちひしがれていない、ナチュラル黒髪ロングの古仲さんは雄々しいガッツポーズをしていて、ヤる気満々といった風である。
この勢いがあれば伊月君も落とせそうな勢いだ。
本人は髪の量が若干気に食わないみたいなことを言っていたけど、古仲さん程の美人だったら些細な問題になるのではないだろうか。
その時のB組は正直かなりカオスな教室事情だったが、担任が顔を出せば皆そそくさと態度を改めた。
基本は真面目なのだ。
あ、そういえば切り裂きジャックって内臓取り出す系の猟奇殺人犯だから、どうせならシザーマンとでも言えば良かったかも知れないなぁなんて、そんなアホな事を考えていられたのはSHRの時間だけだった。
気が付いたら私の横には少し不機嫌そうな伊月君が居て、その前には興奮してるのか顔を赤くした古仲さんがいて、空気を読めない私にもこれは修羅場なんだと分かった。
ちょ、誰か、状況説明求む。
しかしそんな私を放置して修羅場は進む。
「そうか…」
ごめん伊月君、神妙そうに頷くのもいいんだけど、何を理解したのか教えてくれない?
当然の如く伊月君に私の心の声は届かずに、彼はどこからともなく取り出した鋏を持ってして。
しゃきんと。
やけに軽やかな音を立てて、彼女の髪を断割した。
「えっ」
「えっ」
私と彼女の口から同じ言葉が漏れる。
それは驚愕と困惑を込めた一文字だった。
シザーマンは伊月君とか、そういうオチ?
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