「優等生大量繁殖」
ゆっくり歩いたせいで若干ギリギリな時間かもと思ったがそうでもないらしい。
だってほら、まだ玄関辺りにあんなに人が…。
「ん?」
「………」
ああ、そういえば忘れていた。
きっとこうなるって予測していたのに。
登校してきた私達、正確には伊月君へと熱っぽい視線が集まる。
校門を超えると、そこはお嬢様学校でした。
「ごきげんよう」「あらごきげんよう」「タイが曲がっていてよ」「お姉さま…」なんて幻聴が聞こえてきそう。
艶やかで長い、不自然にまっすぐな髪の毛を揺らす複数の女子生徒達は、ついでのようにスカート丈も若干足してあるようだった。
この学校は基本、学業を疎かにしないのであれば自由にしていいという校風で、髪形や服装に煩くない分、髪の毛もアッシュカラーやエクステ、中に着た柄Tシャツをチラ見せ☆なんかも許される。
だからこそ昨日までは割とカラフルだった髪の毛が急に真っ黒に染まるなんて、皆さん真面目っ子に目覚めたんですかねって感じ。
いや、本当にそうだったらこんなに期待に満ち満ちた視線を寄越さないだろうけど。
ちらりと注目の的で穴すら開きそうな伊月君を見やる。
少しは何らかの反応があるのかなと思ったけど、いつものクール顔と見せかけてむしろ不機嫌そうだった。
やはり偽髪はお気に召さないらしい。
その証拠と言わんばかりに私の後頭部辺りの髪の毛をわさわさ撫でている。
割とくすぐったいからやめて欲しいとも思ったが、結構ガチで不機嫌のようなのでやめておいた。
クラスが違う為一旦別れて靴を換えに行くと、視線が一気に減ったのがありありと分かった。
時間ギリにも関らず玄関に残っていた子たちは、一人ぼっちになった獲物を逃さずハンティングする肉食系女子だったのだろう。
イケメンをゲットするのに血眼なんですね、分かります。
乾いた笑みを浮かべながら靴を換えていると突然。
「きゃああああああああっ!!!!!!」
は?
とりあえずぽかんとしてしまう。
え、今の何?
声が聞こえたらしい方向へと何となしに足を向けかけたが、ぎゅっと手を握られてしまい立ち止まる事となった。
手を握った主は伊月君である。
肉食系女子の包囲網を突破してきたようだ。
「さっき予鈴がなったぞ、早く行った方がいい」
「え、そうなの? それよりさっきの絹を裂くような悲鳴が気になるんだけど、伊月君や」
「そんなことより急いだ方がいい」
「えー、火サスならぬ木サスが起きてたら恨むんだけど」
ぐいぐいと引っ張られては歩かざるを得ない。
元々引きこもり気味のオタクだから、体力ある男子高校生に敵う訳がないのだ。
私達が歩き去った玄関がにわかに騒々しくて振り返ろうとしたら、今度はがっと肩を抱き込まれた。
そこまでして!
何をそんなに見せたくないのか知らないけど、朝っぱらから過剰スキンシップすぎますよ、男に免疫ないから勘弁してくれ。
心臓が張り切って寿命が縮むわ。
「…そんなに偽髪が気に食わなかったの?」
「………」
返事は無い、ただのイケメンのようだ。
ちくしょー。
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