「まさかのご挨拶」
珍しく夜更かしせずにベッドへ入ったにも関わらず、目が覚めたのはいつも通りの時間で、なんとなくがっかりしつつもすっきりとした朝を迎えた私は、適度な身支度を整えて朝ごはんを食べにキッチンへと入った。
「おはようございますお母様」
「おはよう、芽衣子。いつも通りね」
「おはよう」
「うん、おはよ……うん?」
挨拶が一つ多い。
父はいつも早朝に出ていく人なので、この時間には居ない。
そして私に兄は居るけど現在寮暮らしで、我が家は核家族。
祖父母は近所の実家でのんびり暮らしてる…、つまり、現在ここに居るべき人間は私と母だけのはずなのだが。
「うわー、折出君だー…。改めておはよう」
「ああ、おはよう。邪魔している」
少し困ったような表情を見るに、彼本人もこうなることは予想外だったのだろう。
あれかな、一緒に登校しようと朝から彼女の出待ちをして、新聞取りに外へ出た母とうっかり遭遇してあれよあれよのままに何故かお宅訪問っていう、少女漫画の王道展開ですかね。
さすが心からイケメン、お疲れ様です。
とりあえず母とカレシ様の交流を邪魔しないように慎ましやかに朝食を取り、歯を磨いて顔を洗ったところで、折出君と母ががっちりと手を握り合っているシーンに出くわした。
ちょっと意味が分かりませんね。
なんだかこれでは私が出歯亀のようだ。
しかし放置する訳にもいくまい。
「あのー、そろそろ私登校しようと思うのですが、いかがですかお二人さん」
私の声に折出君はハッと焦るようにして手を離した。
一方母は楽しげに笑っている。
仲は良さそうで何より…かな?
「それじゃあ行こう」
「うん、ではお母様言って参ります」
「二人ともいってらっしゃーい、二人で帰ってきてもいいのよー」
ははは、後半は聞かなかった事にしようとか思ったが、折出君は律儀に「御迷惑でなければ」とか答えてた。
さすがに父がびっくりすると思うから、事情説明してあげてくれよ母。
それからゆっくりといつもより少し遅めに歩く通学路は、隣に一人増えただけだと言うのになんだかこそばゆい気がした。
昨日の髪の毛切り損ねでも残っているんだろうか。
「…ところで和泉は母親を珍しい呼び方で呼ぶんだな」
「あー、子供の頃見てたアニメの真似だったんだけど、気付いたら定着してて」
「そうなのか、じゃあ父親も「お父様」なのか?」
「ううん、さっき話したアニメでは父子の関係が最ッッッ悪で、陰で「クソ親父」って言っててさ。それも真似しちゃったらガチ泣きされて、それからは普通に「お父さん」って呼んでる」
「…面白いな、和泉は」
確かにそうかも知れない。
でも一応、他所様の前ではちゃんと「お父さん、お母さん」って呼んでるから、問題はないと思う。
「…呼び方、なんだが」
「ん?」
「芽衣子と、名前で呼んでもいいか?」
「ああ、うん、いーよ」
ためらいがちに言い出すから、一体何事かと思ったけどそんなことか。
軽くオッケーを出したら微妙な顔をしていた。
「じゃあ私も伊月君って呼ぶね」と笑って言ったら、ちょっと苦笑いしながら頷いていた。
何か変な事したかな。
名前にちなんで「イッキー」って呼ぶのも候補にあったけど、「ユッキー」と被るからあえなく断念したって事は、黙っておくことにしよう。
そんな感じでそれなりにおしゃべりに花を咲かせてたら、オススメのトリートメントも体の寸法も聞き損ねてしまった。
忘れない内にちゃんと聞いておかないと、とか言ってる間にまた忘れそうだわ。
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