パーティ
栗色のポニーテールが揺れる。それから断末魔。
アルクチカの剣が"ムーンラビット"を切り裂いたのだ。
すかさずに少女のステータスを確認する。レベル4。
「良いぞ。おつかれー」
「何が『おつかれー』ですか! 本気で死ぬかと思いました!」
「いや、死なないように俺が気をつけるから大丈夫」
涙目のアルクチカ。悪いことをしたが、今後の危険を考えれば今涙目になるぐらいは我慢してもらう必要があった。
NPCはレベルが上がるのか? それが一つ目の疑問だった。
アルクチカのクラスは村人。今まで存在しなかったクラスだ。NPC固有のクラスだと考えられるが、どのぐらいの強さなのかは分からない。だが、レベルがあがることは確認出来た。
そして、レベル上昇によりスキルポイントの獲得は出来るのか?
「アルクチカ、ステータスって分かるか?」
「すてーたす?」
「普段、お金のやり取りをする時はどうやってる?」
「どうやってるって言われても……。説明できないです」
「ふむ」
恐らく、システム的な操作はしていないのだろう。あるいは自覚していない。その他のシステムについても理解していないのだろうと推測出来る。
「レベルって分かる?」
「わからないです」
「スキルは?」
「わかりません」
これでは仮にスキルポイントが得られていたとしても、振り分けることは困難だ。
別の方向から質問するしかない。
「魔法とかを使う方法は分かる?」
「いえ。魔術師じゃないと使いないって聞いたことがあります」
NPCにも魔術師系統のクラスを持った奴がいるらしい。村人では使えないということだろう。
「アルクチカ、もうちょっとムーンラビットを狩ってくれないか」
「えー! 嫌です! もう怖いです」
ムーンラビットのレベルは五。アルクチカより上だが、俺の補助スキルのおかげで簡単に倒せるはずだ。さっきも一撃で倒せた。
「頼む。今こうやって訓練しておけば後から危険がぐっと減るんだ」
「……本当ですか?」
「間違いない」
「分かりました……」
重たそうに剣を持ちながら歩き始めるアルクチカ。無理やり戦わせるのは心が痛いが、レベルを上げなければ戦闘に巻き込まれた時に一撃で死んでしまう可能性がある。そうなれば俺の回復スキルも意味がないのだ。
蘇生スキルもあるのだが、現実化したこの世界で意味があるのかは分からない。使ってみるには死体が必要だし、アルクチカが死体になってから試したいとは思えなかった。
およそ一時間ほど、二〇匹近いムーンラビットを狩り、アルクチカのレベルは六になった。
「疲れました。もう動けないです」
「回復スキルは疲労には効かないか」
大の字になるアルクチカ。この方法ではアルクチカの体力が持たないな。何か新しい方法を考えないと。
パーティ結成は不可能。ならばギルドはどうか。
ステータスウィンドウから勧誘を行う。
『NPCをギルドに誘うことは出来ません』
ダメだった。当たり前だろう。パーティがダメでギルドが良いなんて筋が通らない。
いや、待てよ。
「アルクチカ、俺をパーティに誘ってくれ」
「パーティって、あの仲間のことですか?」
「そうだ。お金の受け渡す時のような感じで、俺をパーティに誘おうとしてくれ」
無理な要求だ。うまくいかないだろう。そう思ったが――。
『アルクチカからパーティの申請が来ています』
システムアナウンス。迷わず受諾する。画面右側にアルクチカのHPとMPが表示された。 パーティの結成に成功したようだ。
「おお、いけた」
「え? これで私とテラさんはパーティってやつになったんですか?」
「そのはずだ」
「へー。何も変わってないように見えます」
自分の体を見下ろすアルクチカ。パーティを組んでも目に見える変化は通常ない。
実際に存在する効果は経験値と金銭の自動分配。それと、僅かだが経験値にボーナスが加わる。後はパーティメンバーのHPが視界横に表示され、常に状態が分かるようになる。
「まあアルクチカは別に気にしなくて良い」
これでレベルの問題は解消された。俺が適当にモンスターを狩ればアルクチカのレベルもあがっていく。同じマップにいないと自動分配はされないが。
次だ。フレンドリストを開く。俺の数少ない友人達の名前は灰色で表示され、オフライン状態であることを示している。
これはこの世界に彼らがいないということだろうか。それとも、元のVRMMO上に彼らがいないことを示しているだけで、この世界にいるかどうかとは関係ないのか。あるいはフレンドリストが機能していないかもしれない。
「保留だな」
現時点では何も分からない。他のプレイヤーの存在はひとまず置いておこう。
次に大事なのはNPCのレベルだ。俺が見た中で一番強い教会兵はレベル三〇ちょっと。恐らく、訓練や戦闘でNPCのレベルも上がるのだろうが、最高でどの程度のレベルなのかが問題だ。
仮にカンストのレベル一八〇のNPCがいた場合、少しまずいことになる。
大司教は戦闘クラスではない。補助用のクラスだ。まず勝てないだろう。
「なあ、一番強い人間と言えば誰だ?」
「えっと、竜殺しのベーゲルヘイムさんが一番強いと思います」
覚えづらい名前だな。ベーゲルヘイム。
竜殺しと呼ばれるからには竜を殺せるぐらいには強いのだろう。バーチャルワールドで一番弱いドラゴンはレベル五〇ぐらいだ。少なくともそのぐらいの力はあると考えるべきだろう。
「そいつの居場所は分からない?」
遠くからでもステータスの確認ぐらいは出来る。一目見て、レベルだけでも確認しておきたい。
「自由人って噂なので……。王都フィルデアにいると聞いたことがありますが、今はどこにいるのか分かりません」
「フィルデアはどっちの方角?」
「東ですね」
王都フィルデアはアップデート前から存在していた街だ。今いるリーベル周辺を含め、アップデートで追加された町は西方方面なのだろう。
フィルデア方面へ移動するべきだろうか。NPCの最高レベルは早めに確認しなくてはならない。現状、教会と敵対している以上、本格的に攻撃を仕掛けて良いのかを考える目安にもなるはずだ。ぶっちゃけ、相手が強かったら逃げるしか無い。
それに見慣れないマップにいるより、知っているマップにいたいというのも大きい。
だが、新マップ周辺の探索も必要だ。この"現実化"が何故起きたのか知る手がかりがあるとすれば、それは新マップ周辺にある可能性が高い。同時に起きたアップデートと現実化が無関係とは思えなかった。
現在の身の安全か、将来に備えた探索か。
正直、王都フィルデアへ行きたい気持ちが大きい。現実化による影響が、旧マップでも存在するのかを知りたいからだ。
「よし、フィルデアへ行こう」
「ふぃ、ふぃるであですか。すごく大きいって聞いたことがあります。私みたいな町娘が行って良いんでしょうか」
「王都なんて名前ついてるけど別にそんな大したことないぞ」
王都フィルデアは初心者が序盤に訪れる町だ。確かに大きいし最初は圧倒されるが、特に見るべきものもない。外見の美しさなら"氷世界"や"龍の落とし子"などのマップが勝る。
「ちょっと離れててくれ」
「はい?」
「飛竜を出すから」
「え?」
アイテムウィンドウから飛竜を選択。煙のようなエフェクト共に飛竜が姿を見せた。
「ど、どらごん……?」
三メートルほどの体長、赤い鱗にコウモリのような翼。移動用の飛竜だ。レベル一〇〇以上のプレイヤーなら大抵が所持している。
「乗って」
「乗っちゃって大丈夫ですか、これ?」
「平気平気」
VRMMO時代でも三人まで一緒に乗ることが出来た。問題ないだろう。
戸惑いながらアルクチカが飛竜の背に登る。
「テラさんって本当に何者なんですか?」
「何者なんだろうなぁ」
何者と言われても答えられない。俺はこの世界でどういう扱いなのだろう?
現実化直後にこの肉体が生まれたのだろうか。
俺の現実の体とこの体は同一のものなのか? 俺はここへ転移したのだろうか?、新たなに複製されたのだろうか?
静かな寒気を誘うその考えは、そのまま凍りついたように俺の頭の中に横たわり続けた。