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逃走

「アルクチカはついて来なくて良い」


 俺はアルクチカに全てを話した。全てと言っても、俺が大司教ではないことをだ。

 この世界がVirtual Worldであることについては説明のしようがなかった。いきなりゲーム機さえ知らない人間にVRMMOの話なんてしても仕方がない。


「私も行きます! 私、テラさんが悪い人じゃないって信じてますから!」


 アルクチカちゃんマジ天使。

 窓の外には月が出てる。逃げるなら今しかない。

 この宿に数日もいれば、法国に確認しに行った兵士が戻ってきてしまうだろう。


「アルクチカも同じように追われるかもしれないぞ。この町から出たいって言ってたけど、他の町についても教会兵に追われるかもしれない。それじゃ意味がないだろ」

「良いんです。私、テラさんみたいなすごい人初めて見ました。多分この先もテラさんみたいな人とは会えないとは思います。だから、一緒に行って、テラさんが見る世界を見たいんです」


 俺が見る世界なんぞロクなもんじゃない。低賃金の派遣社員やって、上司には常に怒られてばかりで、友達なんていない。彼女? 何それ? 

 しかも最終的にVRゲームに逃げ込んだクズだ。マジでクズ。俺よりひどい奴を見たことがない。

 だが、アルクチカが俺を見る目は真剣で、そんなことを言える雰囲気ではない。すごい人だと本気で信じているらしい。こんなもの、ゲームのステータスに過ぎないのに。


「アルクチカがそう思うなら一緒に来たら良い。俺は止めない」

「はい! 一緒に行きます!」


 窓を開ける。風が頬を撫でた。窓縁に足を乗せる。

 両腕でしっかりとアルクチカを抱きしめ、最後の確認をした。


「本当に良いのか?」

「はいっ!」


 足が窓縁から離れる。浮遊感。それから小さな衝撃と共に俺は走り始めた。


「急ぐぞ! しっかりしがみついとけよ!」


 お姫様抱っこだ。今までこんなものやったことない。アルクチカは想像以上に軽かった。

 現実ならこんなこと出来なかっただろうが、今のステータスはそれを可能にしている。

 家々の間を縫い、走る。見つかる訳にはいかなかった。

 町の中、村人たちは寝てしまったらしく静かだ。願ったりである。

 村の広場を通り過ぎる。ここでオーク達を倒したのが間違いだった。嫌な記憶が蘇る。

 広場を後ろに、再び街路の中を走る。そして、町の外れに到着したが――。


「やはり逃げようとしたのですね」


 ウェルテ。教会兵の隊長は剣を抜き、長い金の髪を風にたなびかせていた。


「散歩ですよ、散歩」

「こんな夜遅くにですか」


 どうするか。アルクチカを降ろし、俺も杖を構える。


「穏便にことを済ませたいのですが」

「私も同感です。是非、お部屋にお戻り下さい。宿代を支払った私の身にもなって頂きたい」

「俺にも都合があるからな」


 敬語はもうやめだ。どう思われようと構わない。


「そちらが本性ですか?」

「本性もクソもないだろ。こんな畏まったのが本性な人間なんて居たら怖いわ」

「確かに」


 何故かウェルテからは警戒の色が薄れていた。俺が大司教でないのがハッキリしたからだろうか。


「とりあえず通してもらう。出来るだけ傷つけたくない。理解したならどいてくれ」

「それは出来ません。私も仕事ですから」


 真面目な女だ。仕方なく杖を向ける。


「〈フラッシュ / 閃光〉!」

「キャッ!」


 ウェルテが顔を抑えうずくまる。〈フラッシュ / 閃光〉は敵を盲目状態にするスキルだ。要するに物理攻撃の命中率を下げる。


「アルクチカ! 行くぞ!」

「ごめんね!」


 うずくまるウェルテの傍を駆け抜ける。

 他にも教会兵はいるだろうか? 隊長の後ろにいるとは考えられないが……。


 町の外には林が広がっていた。

 そして、今気づいたが何故かマップ切り替えが存在しないようだった。

 Virtual Worldではマップ間を行き来する時、マップのロードが発生する。これはメインメモリ上の制約から行われる処理なのだが、現在はマップ間をロードなしで行き来することが出来るようだった。

 つまり、この世界はメインメモリの制約を気にする必要がないらしい。

 やはり、これはもうゲームではないのだろう。少なくとも、コンピュータ上で動作していないのは間違いなかった。

 

 林を抜ける。星明かりが、街道を照らしだしていた。

 この周辺は初めて来る場所だ。どこへ向かっているのかは自分でも分からない。


「アルクチカ、この先の地名とかは分からないか?」

「すみません、私町から出たこと無くて……」

「そうか」


 そういえば叔母さんに育ててもらっていると聞いた。あまり仲は良くないらしいが、別れの挨拶をせずに俺と一緒に来てしまった。大丈夫なのだろうか。

 まあ、問題があるなら彼女の方から先に言うだろう。


 後ろをの少女は振り返る様子も見せないまま、ただ走り続けた。

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