オーク砦
VRMMOだけではなく、旧来からMMOというものはレベル上げの為の狩りの連続だ。
そこに冒険というものは存在しない。
毎日同じ場所で同じ敵を狩り続ける。レベルが上がれば次の適正狩場へ。
ひたすら時間を狩りに費やす。そこにワクワクするような冒険などなかった。
Virtual Worldでもそれは同じだ。どれほど良質なコンテンツが用意されても、プレイヤーがそれを消化する速度は供給を上回る。
だが、プレイヤーが冒険を体感出来る瞬間は定期的に訪れる。新マップ実装直後だ。
見たこともない土地。見たこともない敵。
ベテランプレイヤーも初々しさを取り戻し目を輝かせる。
俺は年甲斐もなくワクワクしていた。
オーク砦は先ほどの町"実質的世界への旅立ち"の東に位置する。
石造りの城壁に囲まれ、オーク達が徘徊するマップ。まさにオーク達の砦。
オーク・アーチャーが油断なく警戒の目を周囲に向け、オーク・ソーサラーが偉そうに杖を磨いている。
どことなくオーク達の戦いに飢えた生活が伺えるマップ。それがオーク砦だった。
とは言っても低レベル層向けのマップだ。オーク自体は知っているモンスターだし、未知感は薄めである。
「アルクチカ、準備は良いか? 俺から離れるなよ」
「はい!」
アルクチカには〈ゴッド・ブレス / 神の祝福〉を既にかけている。効果時間は十分ほどだから、それまでに片付けたかった。
「よし、走れ!」
「は、はい!」
姿を見せた俺達にオーク・アーチャーが驚いた様子を見せる。
「〈セイント・アロー / 聖なる矢〉!」
杖から光の矢が放たれる。一瞬でそれはオーク・アーチャーの頭を打ち抜いた。血が飛び散ったように見えたが気にしない。俺が知っているVirtual Worldでは血の表現は存在しなかったはずだが、意識的にそれは気にしないことにした。
三体のオーク・アーチャーと一体のオーク・ソーサラーを倒し、俺たちは走った。
門を抜けると数えきれないほどのオーク達が闊歩している。
一々魔法なんて使っていられるか。
杖を構え、駆ける。一瞬、オーク達の動きが止まった。だが、すぐに俺たちへ襲い掛かってくる。
先頭のオークを杖で殴り飛ばす。"通常攻撃"だ。MPを消費しないスキル。パンチも消費無しのスキルだが、あちらは武器を持っていると使えない。
次々と迫ってくるオークだったが通常攻撃で一撃だ。魔法を撃つよりこうした方が早い。
アルクチカが後ろにいることもしっかり確認する。はぐれたら洒落にならない。
オーク群を全滅させ、階段を駆け上がる。これでオーク砦の中へと侵入出来たはずだ。
オーク砦の中はそれほど複雑ではない。いくつか階段があるが、立体的な構造になっている場所は少なかった。散発的に出てくるオーク達を殴りながら走る。
「大丈夫か? 疲れたらなら言ってくれ」
「平気です!」
アルクチカのしっかりとした声。これなら問題なさそうだ。オークを見てビビっていた時は別人のように思える。
「そろそろボスが出てくるはずだ。気をつけろよ!」
注意を促し、扉を開ける。オーク・アーチャーが三匹。即座に殴り殺す。
次の扉を開けるとオーク・ソーサラーが三匹。やはりスキルを使われる前に殴る。
そして、最後の扉を開けた。
やや広めの部屋に王冠を被ったオークが佇んでいる。
オーク・キング。適正レベルはオーク・キャプテンと変わらないはずだ。ただし、魔法を使ってくる。
「キサマ達、ナニモノだ?」
オーク・キングの問いかけ。こいつ喋れたのか。
それを無視して距離を詰める。オーク・キングは離れようとしたが遅い。俺の一撃が頭を潰した。
倒れるオーク・キング。
ドロップアイテムがオークキングの横に落ちる。
「すごいですっ! テラさんって一体何者なんですか?」
目をキラキラさせるアルクチカ。ただの廃人です。はい。
「ドロップアイテムは王の涙か」
"王の涙"は回復アイテムだ。HPとMPの半分を回復する。王系のモンスターを倒すと手に入るが、参加賞みたいなもので大した価値はない。
「持っとけ。ダメージを受けたら使うと良い」
「えっ、良いんですか」
アルクチカに向けて放り投げる。慌てて受け取り、彼女はそれを眺めていた。
「さあ、帰るか。これでクエストも達成しただろうし」
「前から気になってたんですが、クエストって何なんですか? よく口にしてますが」
純粋に疑問だったのだろう。裏表の無さそうな顔で問いかける少女。
対して俺の表情は強張った。
言うべきか。値踏みするようにアルクチカを見つめる。
「……なあ、自分が誰かの命令で動いてるなんて思ったことないか?」
「え?」
「自分より上の、そう、例えば神みたいな存在に自分の運命が定められてる。そう考えたことはないか? 全部自分の意志で動いているわけじゃなく、神に決められた通りに行きている」
「ないです。私は私の意志で動いているつもりです」
アルクチカは真っ直ぐにそう答えた。
「そうか。クエストっていうのは、神に決められた目的みたいなものだよ」
出来るだけ言葉を濁す。彼女に、彼女が人間に作られたNPCだなんて説明はしたくなかった。NPCという言葉を、俺はこれから先、絶対に口にしないだろう。
「神様にですか?」
「大体そんな感じだと思っていれば良い。それが達成出来たから戻るんだ」
「やっぱり大司教って神様の言葉が聞けるんですね」
「まあな」
適当に答える。
神様か。この訳の分からない状況は神様によるものかもしれない。ふと、そう思った。
いくら考えても俺には分からないことだ。