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アルクチカ

 GMコール。

 これで何度目か分からないが、いくら試しても繋がることはなかった。

 ログアウトも同じだ。選択しても何の反応もない。エラーメッセージさえ出ないのだ。


 隣ではアルクチカがニコニコとアップルパイを食べている。

 オークを退治したお礼に貰ったアイテムだ。元々アルクチカにやるつもりだったが、こうも美味しそうに食べて貰えると嬉しい。


「美味しいです」

「そりゃ良かった」


 笑顔のアルクチカは可愛らしい。栗色のポニーテール咀嚼に合わせてゆらゆら揺れる。

 この子は何歳ぐらいだろう。十五ぐらいだろうか。


 それも人間だったらの話。

 俺の中に生まれた疑惑の種はスクスクと成長し続けていた。

 つまり、アルクチカは一体何なのか。NPCなのかプレイヤーなのか。はたまた。


「なあ、アルクチカってどこで生まれた?」


 探るように質問を投げる。俺賢い! この質問ならあらゆる状況に対応で答えを引き出せるはず。


「え? この町ですよ」


 ちょっと予想外な答えが返ってくる。あるいは、予想の範囲内とも言える。


「何歳なの?」

「十六です」

「十年前のこととか覚えてる?」


 Virtual Worldが発売されたのは五年前。今では珍しいパッケージのダウンロード販売だった。


「……十年前ですか。覚えてます。毎日が楽しかった」


 アルクチカの元気がなくなる。まずい。何か間違えてしまった。俺馬鹿だ。


「そっか。楽しかったかー。俺は地獄だったなー。今でも地獄だけど」


 毎日が楽しければVRMMOなんぞにハマったりはしない。こういうゲームは現実が糞な人間がやるものだ。


「テラさん、大司教なんですよね? 教会のお仕事とか忙しいんですか?」

「教会……? ああ、そんな感じかな」


 何か変な勘違いをされてしまった。


「テラさん、さっき私のことをパーティ……でしたっけ、それに誘いたいって言ってましたよね」


 確かに言った。もう今では出来ないと分かったし、戦闘も終わったから必要ないが。


「言ったけど、どうしたの?」

「今でもそれは変わらないですか?」


 変わるに決まってんだろと思うが、流石に言えない。VRMMOにおけるパーティとは一時のものだ。狩りが終われば解散する。ずっと同じメンバーで活動するにはログイン時間を合わせる必要が出てくるし現実的ではない。


「理由を聞いても良い?」

「私、テラさんについて行きたいんです! 私にも教会のお仕事手伝わせて頂けないですか?」


 理由になってない気がする。着いていきたいんです!って可愛い子に言ってもらえるのは嬉しいけど。

 それに俺のクラスは大司教だが、別に教会がどうのこうのと言ったクエストは存在しない。設定上はあるのかもしれないけど。


「何で俺についてきたいか教えて欲しい」

「それは……」


 言いよどむアルクチカ。

 俺のことが好きです、なんて言われたらどうしよう。どうしよう! うっひょー! どうしよう!


「私、この町から出たいんです。叔母は私を嫌ってるみたいで……」


 俺のことが好きだという可能性は塵のように消え去った。


「叔母さんが? ご両親はどうした?」

「死にました」


 嫌な空気が流れる。本当に嫌な空気だ。


「テラさん、私のことをアルクチカと呼びましたよね」

「というか、それ以外の呼び方を知らない」

「その真名、両親しか知らないはずなんです。テラさん、どうやって私の真名を知ったんですか?」


 真剣な表情で俺を見つめるアルクチカ。ステータス画面で見ましたって言っても信じてもらえない気がする。


「あー……、神託とかそんな感じ」


 ステータス画面で見た、よりひどい言い訳が出る。こっちの方が信じられねぇよ!

 だが、アルクチカは目を大きく見開いた。


「神託? 私のことがですか?」

「大体そんな感じ」


 どんな感じだ。自分に突っ込みたいが、アルクチカは信じてしまっているらしい。


「それで、私のことを真名で呼んだということは、そういうことだと思っていたんですが、違うのでしょうか?」


 言いづらそうにアルクチカが目を伏せる。どういうことなのか分からない。


「そういうことって?」

「すみません、愛の告白をなさっているのかと思って……」


 え?

 真名で呼ぶことが愛の告白に繋がるのだろうか?

 そんな設定があったのかは覚えていない。ゲーム性に関係ない部分を覚えている人間なんてよっぽどのマニアぐらいだろう。


「いや、そういう意味で言った訳じゃない」

「で、ですよね。私、恥ずかしい勘違いを……」


 顔を真っ赤にしながらアルクチカは俯いてしまった。


「あー、それで、俺がアルクチカのこと好きなら、連れて行って貰えると思ったのか」

「は、はい……」

「アルクチカは俺のこと好きな訳?」

「え?」

「一緒に行きたいって言ったじゃん。俺のこと好きなの?」


 是非はっきりとさせたいところだ。

 もちろん答えは一択である。


「まだ、好きとかそういう訳では……」


 違うのかよ!

 恥ずかしいわ! 期待した自分が恥ずかしいわ!


「つまり、俺のことをとりえあず利用して町を出たいと」

「えっと、テラさんのことは信頼しています。利用とかではなく、一緒に行けたら良いなって」


 まあ、町を出たいからとりあえず俺に連れて行ってもらおうとしている。それで決定だろう。

 流石に直接利用しようとしているなんて言えないだろうし。


「分かった。砂浜に打ち上げられた後、アルクチカが面倒見ててくれてたみたいだし、俺もアルクチカを助けよう」

「ほ、ホントですか?」


 別に俺に損はない。アルクチカを連れて行くことによって不利益があるなら嫌だが、パーティを組めない以上、経験値やお金を吸われることもない。実際には俺のレベルはカンストしているため、経験値を吸われる心配はないのだが。


「ありがとうございますっ!」


 頭を下げるアルクチカ。それより、大事なことが一つある。


「それで、アルクチカはどこに行きたいの? その場所までなら一緒に行くけど」

「えっと、どこでも構いません。テラさんのお仕事のついでで良いですから」


 そうは言っても俺はゲーム内で仕事をするほど暇人ではない。本当にゲーム内かどうか怪しくなってきてはいるのだが、どちらせよ仕事をするつもりはない。


「お仕事か」



 悩んでいる俺のところへ小さな老人が近づいてくるのが見えた。


「大司教猊下、この度のご活躍お聞きいたしました」


 老人は腰を曲げながら俺を見上げる。

 どう答えるべきか。大司教は偉いのではないか。慇懃に対応するべきなのだろうか?

 あるいは、柔和な大司教を演じるべきか?


「いえ、大したことはしていませんよ。当然ことをしたまでです」


 できる限り柔らかい笑顔を浮かべる。俺のアバターはイケメンである。それなりに様になっているはずだ。

 現実の俺がやるとコポォ!って感じの笑いになってしまうが。


「私、町長をやっておりますベゼルと申します。猊下にお願いあって参りました」

「私に出来ることであればお手伝いいたしましょう」


 クエスト。そんな言葉が頭をよぎる。

 だが、クエストというのは自発的にNPCへ話しかけなければ発生しない。

 そして、町長の言動。まるで人間みたいだ。

 やはりこれは――。


「東のオーク砦の動きが活発になっているようなのです。今回の件もそういった流れがあったからでしょう。このままでは再びオーク達がやってくるのも時間の問題。猊下にオーク砦にまつわる問題を解決して頂ければと思っております」


 クエストだ。これはどう考えてもクエスト。

 今までと全てが変わってしまっている。俺は町長から目を離さないように気をつけた。


「それは困りましたね。現在は私一人。教会兵たちの手を借りることは出来ない。どうするべきか」


 口から出まかせで時間を稼ぐ。

 町長は一歩前へ踏み出した。そして頭を下げる。


「この通りです。オーク砦を猊下の力でお潰し下さい」


 俺の言葉に反応して本当の人間のように的確な答えを返してくる。人工知能のようなチグハグな会話ではない。


「分かりました。私はこれからオーク砦へ行って参ります。皆様のご期待に添えるよう、全力を尽くす次第です」

「ありがとうございます!」


 何度も頭を下げる町長。お爺ちゃんに頭を下げられるのはあまり嬉しくない。もっと体を労って欲しいものだ。最も、ここが本当にVRMMO上ならそんなこと気にする必要はないのだが。



「テラさん、オーク砦に行くんですか?」

「そうだ」


 アルクチカが不安そうな顔をする。


「アルクチカは別に来なくていいぞ。心配しなくても、戻ってきてから他の町へ連れて行ってやる」

「い、いえ! 私もついていきます!」


 無理しなくても良いのに。そう思ったが口にはしない。


「オーク砦。オークが大量に湧くと想像できる。守れるか分からないぞ」

「私テラさんを信じてますから!」


 アルクチカは、俺に信用してもらおうと頑張っているのかもしれない。思わず笑みが零れた。

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