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実質的世界への旅立ち

「あ、お目覚めですか?」


 目の前に可愛らしい女の子がいる。ぼんやりした頭はそれだけを理解した。

 栗色の髪をポニーテールにしているが、屈むような体勢のため、ポニーテールが俺の鼻元にまで垂れていた。何かいい匂いがする。何故女の子の髪はいい匂いがするのか。


「良い匂いだ」

「え?」


 しまった。本音が漏れてしまった。困惑したような女の子。


「いや、良い目覚めだって言ったんだ。こんな可愛い女の子に起こしてもらえて俺は幸せだなぁと」

「あ、そうですか……」


 ドン引きしたような表情を浮かべながら女の子は俺から離れた。何かを間違えてしまったらしい。


「それでここはどこだ?」

「実質的世界への旅立ちです」

「へ?」

「実質的世界への旅立ちです」

 

 ああ、なんかアップデートで追加されたマップにそんなものがあった気がする。そうすると、さっきの大波で攫われたのはイベントか何かか。


「新マップか。そういえば、GMコールが繋がらない上にログアウト出来ないんだけど、何が起きてるか分かる? アップデートの不具合かな」

「新マップ? GMコール? ログアウト? アップデート?」


 女の子が首を傾げる。新マップじゃないのか?


「よくわかりません。もしかして頭でも打ちました?」

「いや、平気平気」


 VRMMOで頭を打ってもHPは減らない。意識に影響が出るようなこともない。俺は彼女の冗談を流した。それからもう一度聞き直す。


「何か騒ぎになってたりしない? アップデートの影響で」

「騒ぎですか。うー、いつも通りだと思いますけど。それと、アップデートって何ですか?」

「今日あったじゃん。アップデート。知らない?」

「今日? だからアップデートって何なんですか?」


 ああ、初心者か。最近始めたばかりなのだろう。俺は彼女のレベルを確認しようと意識のフォーカスを合わせた。それから簡易ステータスを開く。



―――――――――――――――――


NAME : アルクチカ

CLASS : 村人

LV : 3


―――――――――――――――――



「村人?」


 思わず声が漏れる。村人なんて職業は存在しないはずだ。目の前の少女、アルクチカはポニーテールを揺らしながら不思議そうな顔をする。


「村人?」

「いや、こっちの話だ」


 Virtual Worldに存在する基本クラスは4つ。戦士、魔法使い、盗賊、僧侶だ。そこから上位クラスに転職するとき、二つのクラスから一つを選ぶ。更にその上に上位クラスが二つ。合計三二のクラスがあるはずだが、その中に村人なんて脇役じみた物は存在しない。

 ちなみに俺は大司教だ。僧侶系の最上位クラスの一つ。治癒系スキルに特化している。


 アルクチカが不思議そうな顔で俺を見ていたが、立ち上がるとスカートについた砂を払い落とした。


「じゃあ私これで行きますね。もう大丈夫みたいですし」

「ああ、分かった。ありがとう。アルクチカのことは忘れないよ」


 お礼を言い、俺も立ち上がる。他のプレイヤーに聞いてみる必要がある。新クラスも実装されているみたいだし、本当に大規模アップデートなんだな。

 だが、歩き始めようとした俺の服がぐいっと後ろへ引っ張れた。振り返るとアルクチカが俺の服を掴んでいる。


「どうして」

「え?」

「どうして私をアルクチカって呼んだんですか?」

「ステータス開いて見たんだけど駄目だった?」


 アルクチカは俯いている。

 ステータス画面を見るのがマナー違反だなんてルールはない。名前にレベルと職業。それだけしか他人のステータスは見れないのだから、何も困ることなんてないはずだ。

 他のゲームではマナー違反だったりするのかもしれない。それで、この子は他のゲームのマナーを適用して失礼だと思ったとか。


「その真名、私のお母さんとお父さんしか知らないはずなのに……」


 泣き出すアルクチカ。慌てる俺。


「ちょ、ちょ待てよ! いや、そういうことが言いたいんじゃなくて、なんかごめんな。別に悪気があった訳じゃないんだよ。ほら、名前知りたいなーって思って見ちゃっただけで」


 アルクチカは俺の言葉を聞いていないようだった。

 困った。アルクチカは相変わらず泣いているし、俺は泣いている女の子は苦手だ。

 しゃがんでアルクチカと目線を合わせようと試みたが、彼女は俺と目を合わせようとしない。


 俺が本格的に悩み始め、一緒に泣き出そうかと思った時――


「オークだ! オークが出たぞ!」


 男の野太い叫び声。"オーク"は大体レベル一五ぐらいのモンスターだ。"オーク・キャプテン"にもなると大体レベル二五ぐらいだが。少なくとも、レベル一八〇の俺の敵ではない。

 オーク襲撃イベントだろうか。逃げ始めるNPCたちを見ながらそう思った。少なくともクエストではない。自発的に行動しなければクエストは発生しないのだから、運営によるイベントだろう。


「アルクチカ、なんかオーク襲撃イベントが始まったみたいだぞ。ほら、一緒に行こうぜ。さっきのことは謝るからさ」


 アルクチカの目はまだ赤い。だが、やっと泣き止んでくれたみたいだ。


「オーク?」

「らしい。でも、アルクチカのレベルだとまだオークはきついかもな。行きたいならパーティ組んで手伝うぞ」


 正直、オーク襲撃イベントに興味はなかった。対象は明らかに低レベル層向けだ。俺みたいな高レベルプレイヤーが頑張ったら初心者の楽しみを奪うことになる。

 だから、回復に専念しようと思った。アルクチカを泣かしてしまったこともあるし、イベントへの参加を手伝おうと思ったのだ。

 だが、アルクチカは楽しみそうな顔をするどころか震え始めた。


「逃げましょう! 早く!」

「おいおい、そんな怖がらなくて良いぞ。確かにアルクチカの適正レベルより一〇は上だけど、俺がステータス補助スキルと回復スキルかけてやるから」

「何訳わかんないこと言ってるんですか! オークですよ! オーク!」


 彼女の必死な形相に戸惑う。一体どうしたんだ。

 だが、すぐに彼女が怯えている理由が分かった。VRMMO初心者の頃というのは、目の前に実際に敵がいることに恐怖を感じるものだ。いくら現実でないとは言え、剣で斬られることに抵抗を覚える人間も多い。俺も最初はびびりまくりだった。


「大丈夫大丈夫。すぐに慣れるから。パーティ申請送るぞー」

「ちょっと! 人の話聞いてください!」


 可愛らしく俺の服を引っ張るアルクチカだが、俺はそれを無視して彼女のステータスを再び開いた。

 そして、"パーティ申請"を送った。

 

 送ろうとした。


『NPCにパーティ申請は出来ません』

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