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セーブデータが壊れたでござるの巻

 子どもの頃、セーブデータが壊れた時のことを覚えているだろうか?

 俺は泣きじゃくった記憶がある。

 今のゲームのセーブデータと言えば、簡単に壊れることはない。だから、もうセーブデータが壊れる経験なんて子どもの頃の話。昔話だった。


 そう思っていた。




◇◇◇




 目の前に広がるのは海。遠くには水平線が見える。ああ、地球は丸いんだなと感じることが出来た。ここは地球じゃないけど。


「どこだここ」


 どうやら俺は海にぷかぷか浮かんでいるようだった。周囲には陸の影もない。まるでこれじゃ遭難者だ。


「おーい! 誰かいないのかー!」


 叫んでも答えはない。どうしろと言うのか。



 状況を整理しよう。俺はVRMMOの『Virtual World』にログインしたはずだった。

 俺が最後にログアウトしたのは『火龍の巣』の南部にあるベビードラゴンの狩場だったはず。間違っても海上などではなかった。というか、海上には通常入れない。


 バグか。貴重な体験だが、別に体験したいものでもない。GMコールするか。

 と言ってもGMコールなんかしたことがない。どうやってするのか。

 そう思ったが、適当にメニューを開いていくと"GMコール"の文字がすぐに見つかった。迷わず選択する。


『バグなどのご報告は"不具合報告"、プレイヤーの不正行為については"不正報告"をお選び下さい』


 初めて聞くシステムアナウンス。

 まあ、不具合報告で良いだろう。ぽちっと選ぶ。

 電話の呼び出し音のようなものが聞こえ始めた。多分、GMを呼び出しているんだろう。


 海上にぷかぷか浮かびながらしばらく待つ。呼び出し音は未だに鳴り続いている。思ったより時間がかかるな。

 あくびを噛み殺しながらひたすら待つ。体がふやけないか心配になってきた。もっとも、仮想世界だからそんな心配はいらないが。



 仮想世界。そう、バーチャルリアリティの技術を使ったMMORPG。ネットゲームだ。

 『Virtual World』は『仮想現実から実質的現実へ』をキャッチコピーとして五年前に売りだされた。何でも、バーチャル・リアリティは『仮想現実』と訳されることが多いが、実際は『実質的な現実』、あるいは『実質上の現実』と訳すべきなのだそうだ。

 『仮想現実』と意訳してた旧来のゲームとは別物だと主張したかったらしい。

 俺にはどうでも良い事だったが、すぐにVirtual Worldは社会現象になったため、俺も興味を持って今に至る。


 MMOというのはどれだけ時間を費やしたかで大きな差が出る。俺は仕事の時間以外を全て費やしてきていた。現実なんてろくなもんじゃなかったから、全てをこのVirtual Worldに費やしてきた訳だ。

 それだけ膨大な時間プレイしていても、こんな現象は初めてだった。


 一向に来ないGMにイライラし始める。俺は海上でぷかぷか浮かぶためにログインした訳ではないのだ。もう一度GMコールを選択する。


『バグなどのご報告は"不具合報告"、プレイヤーの不正行為については"不正報告"をお選び下さい』


 先ほどと同じアナウンス。よく聞いてみると可愛い声だな。いや、そんな場合ではない。

 今度は不正報告を選ぶ。不具合報告の回線はパンク状態だと考えたからだ。何らかの不具合で、俺と同じような現象に陥った奴がGMコールしまくっているのかもしれない。

 鳴り響く呼び出し音。やはり繋がらない。


「うーん」


 そもそも、ここは何処だ? 海上のマップなんて聞いたことがない。海賊船のマップなら存在するが、周囲にはそれらしき姿もなかった。


 よく考えると似たような現象を子どもの時に体験した気がする。ゲームの電源を入れ、いざ続きをしようとした時、真っ暗なマップの左上にキャラクターが表示されたのだ。セーブデータが壊れたらしかったことによるものらしかったのだが。

 座標情報の紛失でこんな場所に飛ばされてしまったのかもしれない。慌ててステータス画面を開く。



―――――――――――――――――


NAME : UNKNOWN

CLASS : UNKNOWN

LV : UNKNOWN


SKILL :---

---

---

   ・

   ・

   ・


―――――――――――――――――



 顔から血の気が引く。ステータス画面を埋め尽くすあんのうん。俺のプレイヤーネームはアンノウンじゃなくTERAだ。

 クラスもアンノウンではない。大司教だ。

 レベルは一八〇だったはず。


 これってやばくね? 多分、今の俺の顔は真っ青なはずだ。ゲームだから顔色までは変わらないが、現実の俺は白目を剥いて泡を吹いているかもしれない。

 海面に映る俺の顔はイケメンだ。現実の俺とは似ても似つかない。当然、動揺していてもイケメンだ。俺かっこいい。

 いや、そんな場合ではない。俺のデータは明らかにおかしい。俺がかっこいいアバターのままのは確認できたが、大事なのはレベルやステータスだ。何千時間と費やした全てが無駄に終わることを考えると目の前が真っ暗になる。実際に目の前にあるのは、真っ暗どころか真っ青な海面だが。


「いやいやいや、バグなら直して貰えるだろ、常識的に考えて」


 落ち着け、俺。素数を数えるんだ。

 こんな信用に関わる問題を運営が放置するはずがない。俺のステータスはすぐに元通り。ハッピーエンド。そうなるに決まっている。

 だが、中々GMコールは繋がらない。


「糞っ! こんな訳の分からない所にいられるか! 俺は自分の部屋へ戻るぞ!」


 もうGMが来ることは諦めた。

 華麗なクロールで泳ぎ始める。人が見ていたら溺れていると勘違いされそうなぐらい華麗だ。

 しばらく泳いだが、一向に陸は見えない。バグで座標0:0の位置に飛んだと考えると、何もなくて当然かもしれない。というか、海水が塩辛い。口に入ってきて不快だ。


「塩辛い……?」


 ちょっと待った。それはおかしい。VR技術は味覚にまで作用しないはずだった。


「ペロッ……これは塩水!」


 やはり海水は塩辛い。いつの間に技術はここまで進歩したのか。人類はほんまに罪作りやで。

 いやいや、そんな場合ではない。俺の理解が及ばないようなことが起きているのではないか。壊れた俺のステータスデータ、座標、塩辛い海水。

 前者二つはバグで片付くが、塩辛い海水についてはバグな訳がない。決してありえないことだ。俺が結婚出来るぐらいありえない。でも、実際にこうして起きているのだから俺にも結婚出来る可能性があるのかもしれない。やったー! いや、そんな場合ではない。


 もう一度メニューを開く。視界の右下に現れたメニューをスクロールし、そこから一つを選択した。

 新着情報。

 アップデートやメンテナンスの情報などを表示する機能だ。普段は殆ど使用しない。無駄な機能だと思っていたが、こういう時は役に立つ。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


4/1  Virtual Worldが実質的な世界となりました。



以下の機能が実装されました。


・生体生理機能の実装。

・結婚機能の実装

・死の実装

   ・

   ・

   ・


――――――――――――――――――――――――――――――――――



 そう言えば今日は大型アップデートだったな。

 『実質的な世界になりました』なんて中々言えないような自信満々な文だ。

 流し読みしようとしたが、一つの文に目が奪われる。

 『死の実装』。

 どういうことだ。当然、今までもHPがなくなれば死んだ。死んだ後は登録したリスポーン地点で復活し、規定のペナルティを受ける。

 よく分からないが、不吉な言葉だ。死の実装。


 そうだ。ログアウトするか。

 海でぷかぷか浮かんでいても仕方ないしな。それから運営に電話で問い合わせれば良い。俺は暇人ではないのだ。ゲーム内でさえ「暇だ」と言ってしまうことが稀にあるが、俺は暇人では決してない。

 メニューの一番下。ログアウトを選択する。ぽちっとな。

 

 静かな波の音。いつもなら意識が遠のいて、見慣れた自室に戻る。だが、俺の視界ではいつまで経っても海面が波立っていた。


「ちょ、ちょ待てよ!」


 もう一回ログアウトを選択する。もう一度。十六連射! 何も変わらない。

 どうやらログアウトは何らかの不具合で出来ないらしい。


 渋々アップデート情報を開き直す。海なんか見てるぐらいならこっちを見たほうがマシだ。海というのは水着の女の子がセットの時だけ価値が上がるのである。



――――――――――――――――――――――――――――――――――


以下のマップが追加されました。

◆アーケナス大陸

・漂流者の海

・漂着者の浜辺

・実質的世界への旅立ち

・黄泉の国

・忘却の彼方

・ヒュエール山

・オーク砦

・城塞都市エマール

   ・

   ・

   ・


――――――――――――――――――――――――――――――――――



 何だか今までに見たことがないぐらいマップが追加されている。大型アップデートというのはマップが5つも追加されれば良い方だ。それがこれほどのアップデートがあるとは。

 そして、大型アップデートに不具合というのは付き物である。


 訳の分からないバグで下がっていたテンションが上がり始める。これだからVRMMOはやめられない。レベル上げに時間を費やしがちなVRMMOであるが、新マップに限っては心の底から冒険している気分になれるのだ。


 俺より強い奴に会いに行く。そんな気分になり始めたが、急に影が俺を包んだ。


「ん?」


 振り返ると大波。そこから先は何があったのか覚えていない。





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