2012年6月15日
※この作品は作者の日記ではありません。
6月15日(金)
一昨日医師に言われた言葉が、まだ思い出せる。忘れっぽい私としてはこれは異例のことである。どのくらい忘れっぽいのかと言えば、既に書いている途中の小説の内容を忘れそうなほど忘れっぽい。一か月前の日記の内容が、読み返さないと思い出せない程度には忘れっぽい。それから、今書こうとしていたことを忘れそうなほど忘れっぽい。医師にはこう言われたのだ、「アルコール依存症の人はね、いつも『明日からはやめよう』って考えるんですよ」確かにそうである。私も今日も酒を飲んだが、明日からはやめようと考えていた。そこへ医師に言われたことを思い出したのである。
酔いが冷め切らないままの頭で、現実逃避のためだろうか、私は小説を読んだ。自分が途中まで書いた小説である。私はこれを完結させなければならない。しかし意気は上がらない。それでも完成させなければならないのだ。それが約束だ、約束を破ったら私は冷たい目で見られる。もう学生じゃないんだから、そんな目で見られるのは嫌だ。それなのに私はふらふらと外へ出てしまった。文字通りの逃避行である。
向かった先は森の中の道だった。森の中は薄暗かった。曇っていたので薄暗さもひとしお、ここで読書するのは不可能である。私は舗装された道を外れ、獣道へ入っていった。忘れっぽい私は、最初にここに案内してくれた人物の名前が思い出せない。あとで日記を読み返そう、きっと面倒でやらないんだろうけど。そう考えながら私は獣道の行き止まり、森の中の広場に到着した。そこでは狼が行儀よく座っていて、まるで私を待ち構えているようだった。「鬼灯は成仏させるといい」狼はなぜか私の書いている、まだ誰にも見せていないはずの小説の話を始めた。「それから、さっさと死神の女と吸血鬼の男の名前も決めておけ。いちいち長ったらしくて、次数稼ぎだと思われる」分かった、と私は首肯し、アドバイスを胸に秘めて家に帰った。すると妹がまだ荒れていて、母と口喧嘩していた。こんなにうるさい環境ではとても小説など書けないな、と思った。