2012年6月10日
※この作品は作者の日記ではありません。
6月10日(日)
いつもは土曜日に行っていた図書館に昨日行きそびれたので、今日行った。着いて早々一日延滞していた図書を返却した。この程度のことで罪の意識にとらわれるようであれば、それはうつの傾向がある、らしい。しかしひらがなで「うつ」と書かれても、鬱特有の重苦しい雰囲気が出てこないのが気にかかる。やはり鬱なら鬱と、しっかり画数の多い漢字で読者を圧迫すべきである。この日記の読者は私のみだが。つまりこれは私に言っているのだ。
図書館では榎本なごみが私を待ち構えていた。偶然出会った、という可能性も考えられなくはなかったが、私を発見するなり「あ、来た来た、待ってたんだよ」と言って近づいてきたので待ち構えられていたのだと思う。そして榎本なごみは本棚が仕切りになって受付から見えない位置にある閲覧席に私を案内し、ニヤニヤと声を殺して笑いながらポケットからオブラートで包まれた粉末を取り出した。「キノコの粉だよ」そんな気はしていた。昨日そんな話をしていたからだ。「キノコで狂うってどんな感じなのか、見せてよ」つまり、飲めということなのか。「水ならあるから」榎本なごみは持参していた鞄からペットボトル入りの水を取り出した。飲むだけで世界が変わるらしい水だった。いいだろう。見せてやろう。そう決意した私は、オブラートごとキノコの粉末を水で腹の奥に流し込んだ。空きっ腹にキノコを入れるとどんなことになるのか、自分でもよくわからないので、ここはもっと不安がるべきだった。今は後悔しているが、その時は証拠を、自分が狂った人間だという証拠を見せてやらんと躍起になっていたのだ。
そして意識はあっさり飛び、私は何者かの手によって運ばれたらしく、自宅の自分の部屋で寝ていた。自室には自分以外誰もいなかった。榎本なごみが私の顔を覗き込んでいる、とかそういった展開を期待していた私は肩透かしを食らった気分になった。それから、倒れていた頭の脇には折りたたまれたメモ用紙が置かれていた。その存在が不自然だったので、拾って開いてみた。そこには手書き文字で、「みんな笑っていましたw」と書かれていた。榎本なごみからの伝言だろうか。ずいぶん突き放した伝言だな、と私は思った。あとそんなことが起こってショックだったので小説は書けなかった。