2012年3月20日
※この作品は作者の日記ではありません。
3月20日(火)
今日になって初めて気がついたのだが、一億円失効前日に買っておいた五冊のハードカバー本が消えていた。やはり一億円が消えてなくなるということは、こういうことが起こってしまうということなのか。これからも私が一億円を用いて行なったことや買ったものが、なかったことになっていってしまうのだろうか。私は一億円を使って何をやったか、思い出してみることにした。一億円を使って買った中で今も消えていないもの、といえば、履歴書だった。
それに気づくと同時に、天井から何かが落ちてきた。確認してみるとナメクジだった。狼が頭の中から小説をかけと言っているのと同様、ナメクジはさっさと働けと私を急かしているのではないだろうか。「私、ナメクジきらいです」榎本なごみは言った。私だって嫌いである。
晩餐の席には何かがあってそれから立ち直ったのか、数日ぶりに妹の姿があって、妹の傍らには狼の姿があった。小説を書けとまた言うのか、と思いきや、妹の方が口を開いた。珍しい。私に話しかけてくるなんて。「この狼、喋るんだけど」そんなわけないだろう。狼は喋らないものだ。「本当だって、いや本当に」そんなわけがない。狼が喋ってなるものか。「小説書けよ」狼は喋る生きものではない。