2012年2月5日
※この作品は作者の日記ではありません。
2月5日(日)
創作トキワ荘のチラシはやたらとカラフルでフリー素材のフォントを多種類多用しており笑顔の人間のピースサインの集合写真すら掲載されていたりして、非常に安っぽく胡散臭かった。それに大体、ネットでも創作トキワ荘なる場所に所属していた人間が本を出した、などという話は聞いたことがない。一応ネットで検索してみると、創作トキワ荘のホームページがヒットした。クリックしてみると、古めかしい、昔懐かしい作りをしたホームページだった。「創作トキワ荘とは?」「創作トキワ荘のなかまたち」「創作トキワ荘ブログ」「創作トキワ荘出版情報」「掲示板」「リンク」といったコンテンツが並んでいた。どれも胡散臭かった。掲示板の最後の書き込みは去年の10月だった。
それで、結局行くんですか、創作トキワ荘。頭の中の榎本なごみにそう問いかけさせてみた。幽霊の榎本なごみにはまだ創作トキワ荘のことは知らせていない。だから榎本なごみの名を使った自分との対話である。痛い。痛いが他人に知らせるわけではないので痛くない。行かないと思う、と私は答えた。どうして行かないんですか。と私の分身である榎本なごみはさらに問いかけた。今更他人と顔を突き合わせて生活していくなんて、耐えられそうにない。へー。榎本なごみは気のない相槌を返した。
「昨日は楽しかったです」榎本なごみは子供の作文のようなことを突然言った。「知らない人と話せて」それは楽しいことなのだろうか。知らない人と話すなんて気疲れするだけではないのか。「知らない犬と遊べて。久しぶりだったんですよ、未知の人と触れ合えたのは」幽霊になると出会いの機会も減る故、人恋しくなるものなのだろうか。「私は生きているうちから知らない人と会うのは楽しかったですよ? むしろ、そういう気持ちじゃないと友達なんか作れません」だから私には友達がいないのか。「そんな気の持ちようとか関係なく、友達ってものは勝手にできるものだと、私はあなたを見るまで思ってたんですけどね」けどね、とはどういう意味か。
けどね、の続きを晩餐中に考えていた。けどね、こんなにもダメな人がいるなんて、自信がついてしまいました。十分な優越感を得られたので成仏します。そんなところではないだろうか。それか、そうだ、いっそ身体を私に明け渡してあなたが幽霊になりませんか? といった提案をしてくるとか。そんなことを言い出す可能性はないのか、と晩餐後に榎本なごみ本人に訊いてみると、「私が温厚な方で良かったですね」と帰ってきた。まるで怒らせてしまったかのようだった。