無題詩35
『家畜人ヤプー』が手招いている。
ちくしょう、歯車が噛み合わねえ、と。
僕は物音のシンフォニーに聞き入っている。
そこでは、目の前でポーリーンたちが、
朱や金で装飾された地獄の門を、
「はやく、はやく、閉めなくちゃ、閉めなくちゃ」
と言っている。
『不思議の国のアリス』が狂っている。
ちくしょう、誤植が増えてやがる、と。
僕は没我の境地の地面に唾を吐く。
そこでは、マッドハッターたちが、
七色に光るアリアドネの糸を、
「はやく、はやく、掴まなくちゃ、掴まなくちゃ」
と言っている。
『虚構船団』が刺すように絶叫している。
ちくしょう、舌がひりついてきやがる、と。
僕は残酷劇から一時的に退場する。
そこでは、コンパスたちが、
益と害の黒い冷たい影法師を、
「はやく、はやく、殺さなくちゃ、殺さなくちゃ」
と言っている。
この文字たちは文字から解放されない。
詩や小説の中で苦しみ続けるのだ。
名も持たずに消えていくのだ。
現実に逃げることはできない。
活字という檻の中で消耗していくのだ――
静かな湖にさざ波が広がっていくように、
僕はこう思う。
「かわいそうに」
でも、これは僕たちにも、そういえることを、
僕たちは知らないし、理解できない。
いいや、違う。
ごまかしているんだ――
僕たちは知らないふりをして、理解できないふりをしてる。
そうなのだ。
本当にかわいそうなのは、
「僕たちだ」
誰の目にも虚勢にしか見えない。
僕たちはフィクションの中を踊り続けている。
いかにも、楽しそうに、ね。