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可愛いは有罪

厄介な婚約者

作者: 零壱
掲載日:2026/04/10

ムーンライトノベルズからの再掲です。


 

 

「あー……早く訓練終わんねぇかな……」

「お、今日迎えの日か?」


 声に出ていたらしい。

 何でまだいるんだと、背後からかかった問いに舌打ちする。それから浮かべるのは、だいぶ板についた愛想の良い笑顔。


「あれ、殿下の順番はとっくに終わったのでもう帰ったかと思いました。暇なんですね」

「おまえな、笑顔だったら何言ってもいい訳じゃないぞ」

「嬉しいでしょ」


 にっこり笑って言ってやれば、振り返った先で第二王子、エドワードが口許を引き攣らせる。反対に、連れ立ってやって来たルイスは愉しげな笑い声を立てた。頭一つ分下にあるエドワードの肩を叩く仕草は随分と気安い。


「一刻も早く婚約者殿に会いたくて気が立っているんだろう。察してやれ」

「普通王子に八つ当たりするか?ルイスはジークに甘すぎるぞ」

「……イチャつくなら他所行けよ」

「だっ、イチャついてない!」


 ボソっと漏れた本音に真っ赤になって否定するエドワードを、ルイスが可愛くて仕方ないとばかりに目を細めて眺める。

 まったく、甘ったる過ぎて見ていられない。これでまだ婚約していないのだから、エドワードの手際の悪さとルイスの押しの弱さに呆れ果ててしまう。

 ルイスは騎士科三位を死守し続け、三学年目が始まると同時に花形の第一騎士団に勧誘された実力者だ。いくら子爵家出身とは言え、平民なんかよりずっと説得しやすいだろうに。

 表情一つで渋る兄を落としたとかいう、どこかの公爵子息を見習って欲しい。


「ジーク、呼ばれているぞ」

「あ」


 イチャつくバカップルを放置し、ぼんやりと目の前の鍛錬場を眺めていたら肩を叩かれた。ルイスに礼を言って、しゃがみ込んでいた身体を起こす。そして止まる。


「………」

「………」

「……あいつは相変わらずだな……」


 何気なく見渡した視線の端に、顔を覆って蹲っている銀髪を見つけた。周囲に人だかりが出来ている。騎士科の仲間達の珍獣を眺めるような顔に、エドワードが何とも言えない声で呻いた。


「……さっさと終わらせて回収する」

「そうしてくれ。最近私にまでクレームが来るんだ……」


 従兄弟の奇行に頭を痛めるエドワードに、ルイスは掛ける言葉が見つからないようだった。流石に可哀想なので頑張って励ましてやって欲しい。

 そちらを見ないようにしながら中央へ足を運ぶ。丁度正面に見えるだろう銀髪とジークを、忙しなく交互に見てくる対戦相手は非常に落ち着かない様子である。背中に何とも言えない圧を感じつつ、目が死んでいる指導官の開始の声と共に踏み込んだ。

 え、と相手が目を見張った時には、打ち合う高い音とともに木剣を弾き飛ばして。

 素早く礼をして迅速に銀髪の元へ向かう。この後も模擬戦は続く。気を取られたせいで怪我人が出ては堪らない。

 え、え、とまだ戸惑っている同級生は、背後で指導官に説教されていた。


「先輩」

「!」


 声を掛けると途端にシャキッと立ち上がる。背筋を伸ばした堂々とした姿勢は、つい数秒前に出入り口の真ん中でしゃがみ込んでいたとは思えない凛々しさだった。

 怜悧な顔立ちと風に揺らぐ銀糸にあちこちから感嘆の言葉が聞こえてきて、それが少しばかり面白くない。ちゃんとしていなくても十分以上に綺麗だろう。


「ジーク、相手の隙を見逃さない素晴らしい腕前だった」

「………どうも」


 また指の隙間から見ていたのか。

 何で普通に見れないんだ。

 若干引きながら形ばかりの礼を返すと、ふむ、と思案げに顎に指の背を当てる。何を言い出すのかと身構えたのは、ジークだけでは無く。


「今度手合わせをしないか。間近で見てみたい」


 ふうわりと。

 良い事を思い付いたとばかりに愉しげに笑んだ。

 一体何をだなんて聞くまでもない。ジークの真剣な顔だろう。いや、もしかしたら剣を握る手か、踏み込む時の足かもしれない。この銀髪は一挙手一投足全て目に焼き付けたいそうだから。

 それを今更突っ込んだりしないが、何故今言った。無邪気な笑みにあてられ、周りから呻き声やら何かがバタバタと倒れる音やらが絶え間なく聞こえてくる。


「尊い……」

「おい!気をしっかり持て!」

「目が!俺の目があぁああ!!」


 一気に騒然とする現場は、まるで奇襲にでも遭ったかのよう。

 大袈裟に騒ぐ奴もいるが、半分悪ノリ半分本気だろう。

 額を押さえた指導官に肩を叩かれ、ジークは表情のなくなった顔を向ける。最近苦情による胃痛が酷いと嘆く公爵の目と、元第二騎士団副団長である指導官のそれはよく似ていた。


「早く、帰れ」






 公爵家の、やたらと座り心地の良い馬車の中。

 回収したリオハルトと共に向かうのは、貴族社会に少しでも早く慣れるようにとこの春から暮らしている小さな館だ。公爵邸の広過ぎる敷地内にあり、公爵がジークの為にわざわざ建ててくれた。

 もちろん、小さいと言ってもジークの実家が軽く三つ四つ入りそうな広さである。違い過ぎる価値観に多少気が滅入ったのはいうまでも無い。


「見すぎ」


 対面に座ってひたすら見つめて来る婚約者に呆れた溜息が溢れた。

 瞬きしていないんじゃないか。

 そう思って手を伸ばし目元を撫でれば、擽ったそうに微かに身を捩る。


「すまない。目の前に君がいるかと思うと、一分一秒足りとも無駄にしてはいけない使命感に駆られるんだ」

「何の使命だよ」

「婚約者、としての?」

「………」


 あざとい。

 いつもは無駄に明朗な口振りなのに、少し小声になってチラチラ様子を見て来る。非常にあざとい。

 ぐ、と眉根を寄せた。

 上目遣いなんてものを教えたのは誰か。

 ジークである。

 訳のわからない依頼をして来たから、その綺麗な顔でやっておけばウケるんじゃないかなんて。適当に考えていた過去の自分を殴りたい。まさか教わった人間に使って来るとは誰も思わないだろう。


「先程エドワード殿下が何やら喚いていたようだが、問題は無いだろうか?」


 黙ったままでいるジークからそっと視線を外して、唐突に話題を変えた。

 膝の上にある手を握り締めている。少し震えている辺り、また何かに悶えているのだと思う。毎日会っていてもリオハルトのツボが全く分からない。


「後ろで殿下とルイスがイチャついてただけ。何もない」

「そうか。ならば良いが、もし面倒があったら頼って欲しい。全力で対応にあたろう」

「自分とこの王子だからな?」


 本人的にはキリっとしているらしい、ほんの少しだけ眉尻が上がった顔に思わず突っ込む。対応にあたろうが叩き潰すに聞こえた。


「わかっている。事前に両陛下に了承を得る」

「そうじゃねぇよ。何するつもりだよ」

「敵は完膚なきまでに叩くべきだろう」

「おまえの従兄弟だからな?」


 頭が痛くなってくるが、放置したらエドワードが大変な目に遭いそうである。

 高位貴族っていうのは身内にまで容赦しないものなのか。それともリオハルトが特殊なだけなのか。


「私が守りたいのは婚約者であるジークだ。誰が相手でも変わらない」

「……どうも」

「何、当然の事だ」


 そんな気障なセリフを照れずにさらりと言ってのける感性はどうなっているのか。言われた方はむず痒くて堪らない。目を合わせていられなくて車窓に顔を向けた。

 横顔に蕩けるように甘い視線が突き刺さる。

 それを向けられるのが自分である事が、未だに不思議で仕方なかった。






 リオハルトと正式に婚約して、一か月。

 初めて言葉を交わしてからは、たったの半年だ。

 ジークは騎士科でリオハルトは魔法科。

 学年も違うし、何より相手はこの国の筆頭公爵家の次男で、母親は降嫁した元王女様だとか。

 入学当時から一方的に知ってはいたが、そんなご大層な身分の人間と平民のジークが関わる事があるとは露程も思っていなかった。

 

 なのに今では、婚約者だなんて。


 胸を張っていう事でもないが、ジークが自慢出来るのは現役騎士の母に扱かれ鍛え抜かれた剣の腕と運動神経くらいだ。

 体格には恵まれたけれど、顔が飛び抜けて良い訳でもない。平民の中でならよく褒められるが、やたらと美形の多い貴族の中に混ざれば簡単に埋もれてしまう。


 自慢の剣の腕だって、優秀者は学費も学園生活で掛かる諸々の経費が免除されるという理由が無ければ手を抜いていた。

 しがない平民でしか無いジークは本来目立つ事を嫌う。

 だが父を溺愛する母が、学費が浮けば父に貢げると言う理由で死んでも優秀者になれと圧を掛けて来たから逃げられ無かっただけで。

 でなければ、貴族のお坊ちゃん方が溢れる学園でわざわざ目を付けられそうな事などするものか。


 入学早々、平民の癖にと早速絡んで来た連中は、母の名前を出し鍛えられましたと言えば、途端に憐れむような目を向けてきたが。

 母のせいで愛想を振り撒く日々を送るハメになり、母のおかげで一気に面倒な輩は減った。プラスマイナスゼロである。いや、顔色を読んで要領良く立ち回る分がマイナスだった。


 騎士にだってなりたい訳じゃない。

 縦社会の代表みたいな騎士団に入って、気を遣い続け愛想を振り撒くなんて真っ平御免だ。モットーは、そこそこ稼いでそこそこ幸せに、である。

 狙いはあくまで経営が安定している商会の警備か、裕福な男爵家辺りの護衛。

 いずれは平民の嫁でも貰って、子どもも二人くらい作って平凡に生きて行く。

 そう思っていたし、それが自然だった。


 流れが変わったのは、半年前。


『騎士科二年生の、ジーク殿』


 名指しで呼ばれた時、ついに来たかと身構えた。

 一か月間自分を見ていたのには気付いていた。

 騎士科次席でも、ジークは平民。

 一体何の用だと訝しんだし態度にも出した。


 だっておかしいだろう。

 騒ぐ友人達に紛れて眺めていた時は全く目なんて合わなかったのに、よく見てるなと揶揄われて、意識して目を背けるようになった途端に視線を感じるようになるだなんて。

 どうせ厄介事を押し付けられるに決まっている。


 何となくやさぐれた気持ちでいたら、リオハルトが淡く目元を染めた。

 冷たい無機質な美貌が、途端に雪が溶けるように色付く。

 それに何か思うより何より、分かりやすく喉を鳴らした友人が不快だった。引いた腕は思っていたより細くはなく、それがやけに生々しくて鼓動が跳ねたのを覚えている。


 そうして意味のわからない頼みをされ、気が付けば昼食を一緒に摂るようになり。

 突然しゃがみ込んだり顔を覆ったり、かと思えば空を見上げて何事かぶつぶつ呟いたりするリオハルトに度々ドン引きしつつ、ジークの前では少しばかり表情豊かになる姿に惹きつけられて。


 全く馬鹿らしい。

 リオハルトは自分の表情筋の動かなさを気にして、たまたま目についたジークに教えを乞うているだけだ。それ以外の理由なんかあるものか。それに万が一あったとしても、公爵家と一平民では余りにも身分が違い過ぎる。

 彼が卒業したら切れる縁だと言い聞かせ、つい伸ばしたくなる手を握り締めた。


 が。


 リオハルトはジークの苦悩などお構いなしに距離を詰める。それはもうぐいぐい来る。

 黒いだけの髪に綺麗だなと指を絡め、眼輪筋の動きが良く見えないと言っては顔を寄せ、周りの目を避ける為に引いた手に、指をすすすと絡められた。


 学園にはリオハルトがジークを口説いてるなんて噂まで広がり始めて、それとなく物理的距離を取ろうとしてもすかさず埋めて来る。何度ジークの上着を掴むなと嗜めたか。精神力をゴッソリと持っていかれる日々は、ある意味母の扱きよりキツかった。

 それでも、眉が下がったと言い嬉しそうに口許を綻ばせるリオハルトを、突き離せないまま五か月近く過ぎたある日。


『ありがとう!本当にありがとう‼︎弟があんなに普通の反応をするだなんて!』


 突然やって来たリオハルトの兄という男により、あれよあれよと話が進んでいく。そのあまりの歓迎ぶりに喜ぶより先に引いた。それに、頭が良い癖に変な所でヌけているリオハルトの事だ。本人がちゃんと理解しているのかいまいち信用出来ない。


「あー……」


 そこまで思い出した所で、考えるのを止めた。

 隣には経営学の専門書を前に、心地良さそうに船を漕いでいる婚約者。

 大きな窓から差し込む日差しを受けて、銀色の髪がキラキラと輝く。


「んぅ……」

「………」


 ソファに並んで座っていたせいで、傾いた身体が凭れてくる。つまり、安心しきったように眠る顔がすぐ側に。


「………」


 ジークは貴族の礼法とかいう分厚い本に視線を落とした。正直全く頭に入って来ない。暫く努力してみたものの、結局一行も読めずに諦めて閉じた。

 恐る恐るその肩に腕を回してみる。

 起きない。

 ならばとそうっと覗き込んで寝顔を堪能した。髪と同じ色の睫毛がやたらと長い。密度も高くて瞬く度にバサバサと音がしそうだ。


「……、」


 艶やかな小さな唇に目が奪われて、思わず喉が鳴る。

 婚約をしたと言ってもまだジークは学生の身だ。公爵やリオハルトの兄から、節度を持った交流をするようにと真顔で釘を刺されている。

 両想いになれた今がまさに蜜月だというのに、この一か月、結婚について確認した日以降キスの一つもしていない。それでいて、リオハルトは二人きりになると完全に気を抜いて無防備になるのだ。生殺しにも程がある、などというと良くない誤解を招くかもしれない。ジーク自身は至って真面目な気持ちで付き合っている。だからこそ余計に辛い。


「リオハルト、……リオ、」

「ん……?」


 耳に掛かる銀糸を撫で付けて、意識して低く呼んだ。

 ふ、と持ち上がった瞼の下から、紫色が夢現にジークを見上げてくる。


「リオ、いい?」


 敢えて言葉を縮めて問い掛けると、何も分かっていない癖にコクリと頷く婚約者。

 その顎を掬い上げ、ゆっくりと唇を重ねた。

 一瞬驚きに目を丸くしながらも、舌先でトントンとノックすればおずおずと開いて招き入れる様がまた、なんとも。


「…ん…、は、」


 肩を抱いていた手は腰へ滑らせ引き寄せ、二回目の口付けを堪能する。ジークだって経験豊富では無いが、リオハルトはもっと不慣れで。

 息を止めてしまうのに少し笑い、時折唇を離すことで呼吸を促した。そうして再びどちらからともなく重ね、リオハルトの背がソファに沈んでいく。これ以上はまずいと思いながら、指先が勝手に脇腹を撫で、


「勉学に身が入らないようですな」

「!?」


 聞こえた声に跳ね起きた。


「セバス、さん」


 ぎこちなく扉へ向けた先には、笑顔のままこめかみに血管を浮き上がらせている老執事。

 顔から血の気が引いていく。

 この執事は普段こそ柔和な紳士だが、手がかからないようでいて非常にかかる公爵家次男坊の事を実の孫以上に可愛がっている。そそくさと居住いを正すジークとは異なり、優雅に身を起こしたリオハルトが無垢な瞳でセバスチャンを見た。


「セバス、邪魔をするな。口付けくらい良いだろう」

「ちょ、黙って、」

「ぼっちゃま、物事には順序というものがございます。お二人は婚約したばかり。今はご結婚後の為にも学ぶべき事を学び、まずはしっかりとお心を通わせていかれるのが宜しいでしょう」

「セバスの言葉を疑う訳ではないが、母上は肉体的接触も必要だと仰っていた」

「おまえアデレード様となんてこと話してんの⁉︎」


 ギョッとして思わず声が大きくなった。

 咳払いすらしない執事が恐ろしくて振り返れない。進捗報告だとあっさりいうリオハルトに口許が引き攣る。

 

 リオハルトの母、アデレード公爵夫人は元王族。

 王女様だ。

 そんなとんでもなく高貴な方となんて話をしてくれているんだ。


「それになセバス。可愛い婚約者の気持ちに応えねば、男が廃るというもの」

「なんとご立派な……」


 キリっと宣言した婚約者に、もう反応する気力も無く。


「ぼっちゃまのお心に、このセバス、深く胸を打たれました。つきましては、ジーク殿が()()()()()()()()()()()()に学習に集中出来るよう、微力ながらお助け致したいのですが……如何でしょうか?」

「それはジークも助かるだろう。ありがとう」

「勿体無いお言葉にございます」

「………」


 その後、執事により別室に連れて行かれたリオハルトは、懇々と節度や貞淑について叩き込まれたらしい。

 午後にジークが教わる筈であったマナーは、こちらに向かっていた講師の突然の腹痛により、急遽休みになった。

 汗を流されては?と笑顔の執事に促されるまま、夕食の時間まで庭で素振りをした。無心でした。

 前の部屋では公爵夫人が悠然と紅茶を傾けていて、時折目が合う度ににっこりと訳知り顔で微笑んでくる。精神的負荷がもの凄かった。


 ちなみに、素振り開始時間は昼前である。





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