階数が増ɀʓ階段 三
「おっとぉ」
地面に顔から落ちるかと思いきや。
やわらかくもないような、かといって硬くもないんだが、ぶつかった衝撃がそれなりある何かに受け止められる。
「タイミングぴったりだな。自分をほめてやりたい」
すぐ頭上から、聞き慣れた男の声が聞こえる。
土屋だ。
そうと気づいたとたん、ずずっと支えた体ごと下にくずれる。
「ちょっとしゃがんでいい?」
土屋が涼一を支えたままその場にしゃがみこむ。
涼一もつられてしゃがんだ。
「いや、つか」
ようやく自身が取っている体勢が把握できて、涼一は手をつける場所をさがした。
「いや、暴れられると支えらんないんだけど」
「支えなくていいから。立つわ」
涼一は答えた。
ビルの裏手とはいえ、街なかで男二人でしゃがんで抱き合ってるとかみっともなさすぎる。
不自然な体勢でアスファルトの地面に手をつき、なんとか土屋から離れて中腰になる。
「あー。けっきょくなんだあれ」
涼一は、両手を軽くパンパンとたたいた。
「知らない。おれが来たときには鏡谷くん、階段三段くらい昇ったところで地面に向かって手ぇのばしてたところだったし」
「地面から三段?」
「地面から三段」
土屋が返す。
「グーを出して、グ、リ、コって昇って行った位置」
「何だそれ、くそなつかしい……」
涼一は、げんなりとうつむいた。
そんな場所を十階分もあるところに見せかけられていたのか。
顔にあたる高層階特有の強い風や、周囲の音が遠く感じるところ。かなり生々しかったんだが。
ゾッとする。
「下半身OLは?」
「見てない。俺が見えないだけかもしれんけど」
土屋が答える。
涼一はその場にしゃがんで、ふぅ、と息をついた。
「行員さんは?」
土屋が尋ねる。
「音さたなし」
涼一は答えた。
「火の玉やら水切りでの加勢もなしか。んじゃ、少なくとも死なないのだけは分かってたのかな」
土屋がしゃがんだ格好で頬杖をつく。
「ホトケさんにとっては生死なんてただの通過点だから、生きてようが死んで霊体になってようがどっちでもいいんでないのって話、まえになかったっけ?」
涼一は、しゃがんだままでアスファルトについた両手のひらを土屋のほうに向けた。
「つか消毒するやつ。アルコールか塩素持ってね?」
「車んなかにアルコール除菌あるけど。とりあえずビルん中で手ぇ洗ってきたら?」
土屋がビルの建物を顎で指す。
「入れっかよ……」
涼一は顔をしかめて建物をにらんだ。
「んでも下半身さん、べつの企業の建物のときも出てたってことは、ここに憑いてるわけじゃないでしょ」
「あー」
なるほど。それはそうだが。
「おまえ、どこに車停めたの」
涼一はしゃがんだままで周囲を見回した。
土屋がビルの裏手から出た少し大きな通りのほうを指す。
「そこに路駐。だから警察来たらやばい」
涼一は土屋が指した方向を見た。
「まじか。とりあえず車に戻んね?」
「鏡谷くんはどこ停めたの」
「地下」
いま外階段を降りてきたばかりの高内ビルを指す。
「そういやさっき聞いたっけ」
土屋が路上駐車した方向をながめる。
「高内ビルの地下って駐車料金、経費?」
「経費」
「んじゃ、俺のまでそこに移動させたら怒られっか。とりあえず車、どっかの駐車場に移動させるわ」
土屋が立ち上がる。
「鏡谷くん、そのあと地下についてってあげる」
「……おう」
涼一はしぶしぶ返事をした。
つきそわれて行動とか幼稚園児かよと思ったがしかたがない。
「んじゃ、まず車移動させよ」
「だな」
土屋がスタスタと路上駐車した車のほうに歩みよる。
涼一はゆっくりと立ち上がりついて行った。
一キロほどはなれた郊外のドラッグストア。
駐車場に土屋のシルバーの乗用車を停める。
「んじゃ高内ビルね」
土屋がシートベルトをはずした。
「悪り」
涼一はサイドウィンドウの外を見た。
大手ドラッグストアが第二駐車場にしているほとんど空き地のようなところなので、長時間車を置きっぱなしにする場所として使う人が一定数いるところだ。
店舗からははなれた場所なので、ドラッグストアの買いもの客はむしろあまり使わない。
通るのは、ここに車を停めた人くらい。周囲は昼下がりということもあって静かだ。
「おまえ、つぎの営業の時間だいじょうぶ?」
涼一も同じようにシートベルトをはずす。
「高内ビルに行ってここに戻ってくるくらいなら、まあ。それで収集つかないようなら、あとはさやりんに電話して」
「何でお団子……」
涼一は顔をしかめた。
「学生だから俺らより時間の自由きくじゃん。――とはいえS県からいきなり来てもらうわけにいかないから、通話つないで般若心経ずっと流してもらうとかしかないかもしれないけど」
「まぁたシーワールドで遊ばせろ言ってくんじゃねえの? 俺はチケット代もう出さねえぞ」
涼一はボヤいた。
「ていうかさっきの一階とか十階とかってのなに。何かヒントになること下半身さんから聞いてんじゃないの?」
土屋が運転席を降りながら問う。
「何も聞いてねえし」
涼一も降車しながら答えた。
「エレベーターに乗ってきて三階言うから、あ、いっしょの階ですねーと愛想笑いしてやったら、つぎは一階、つぎは十階とか言いはじめやがった」
「亡霊相手に愛想笑いって、営業職の鑑」
土屋が車のドアを閉める。
「下半身OLだって気づかなかったんだよ、そのときは。どっかの企業のフツーのOLだと思ってたの」
涼一は車のドアを閉めた。
「ていうかさ、“下半身さん” って呼ぶのも何だから仮名つけね? 下半身以外に特徴ないの?」
土屋が提案する。
あんな気味悪い物体に何言っとんじゃと涼一は思ったが、とりあえず特徴をさがそうとOLの姿を思い浮かべた。
「ウエストけっこう細い。スカートはタイト、膝下。ストッキング肌色、脚けっこうほそい、足首もほそかった気がする」
「……何かやらしい気が」
土屋が顔をしかめる。
「んじゃおまえ、OLの下半身ってワードでやらしくない特徴あげてみろよ」
涼一は顔をゆがめた。
「タイトスカート、なに色」
「うすい緑。うちのふたむかし前の女子社員の制服みたいな」
「ミントグリーンだっけ、むかしのって」
土屋がそう応じる。
「ミントグリーン」
「じゃ、みどりさん」
土屋が安易に名づける。
「……みどりさんね」
どうでもいいわと思ったが、涼一はそう応じた。




