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【 秋の文芸展2025】階段が増えていく怪談  倶利伽羅怪談 ㇰリヵㇻ ヵィダン 〜社畜バディと奔放JKの怪異対応処理〜番外編  作者: 路明(ロア)


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階数が増ɀʓ階段 一

「えっ、ちょっ……」

 涼一は、後ずさり手すりによりかかった。

 下にはいつの間にか十階分ほどの外階段がのびている。

「え、錯覚?」

 いきなりひどい乱視にでもなったかと思い、まばたきしてみる。

 下から吹きつける風が強い。

 あきらかにかなり上階にいるときのものだと思う。

 

「──何した」

 土屋が問う。


「いきなり階段増えた……」

 涼一は見たままを伝えた。

 相手が土屋でなければ首をかしげられてしまうだけだろう。てきとうに答えて通話を切っていたと思う。

 いま通話してるのがほかの人間でなくてよかったと思う。

 

「いきなり下に十階分くらい。いや正確には数えられんけど、そんくらいかなって」

「──下半身さんは? そこにいる?」

 涼一はスマホを耳にあてたまま上下の階段を見渡した。

「いまのところは──いない」

「──おけ。たぶん幻覚だと思うから、落ちついて下に降りて」

 なんか災害時の避難うながされてるみたいな言い方だなと連想する。

「なんで下」

「──この場合、上に上に行くよりは安全でしょ」

 土屋が答える。

 ごもっともだと思う。

 幻覚で何か間違えたとしてもたどり着くのは地面。

 場合によっては亡霊が土屋になりすまして話してるなんてことも想像してしまったが、幻覚にかこつけて危険なところに行かせるなんて感じではなさそうだ。


 涼一は手すりにつかまり、ゆっくりと階下へ階下へと向かった。

 

「──駐車場って一階?」

「地下」

 涼一は答えた。

「一階まで行ったら、外階段ないから屋内の階段つかうつもりだったけど」

「──なるほど」

 土屋が答える。



「行員さんは、“合わせ鏡はごぞんじですか” って言ってたよな。──鏡谷(かがみや)、そこに合わせ鏡ってある?」



 涼一は、スマホを耳にあてたまま周囲を見回した。

「ない」

 そう答える。

 横はテナントビル建物の外壁。

 自身がいまゆっくりと降りているのは、その外壁につけられた鉄筋の外階段。

 上にも下にも屋内が見える窓はない。

 鏡などあるわけもない。

「──もう少しよくさがして。合わせ鏡っぽくなってるものとかない? たとえば外壁にピカピカのステンレスとかタイルとかの部分があるとか、ガラスとか水たまりとか」

 

「外階段だぞ? 一ヵ所くらいピカピカ部分があったとして、どうやって合わせ鏡になるの。──向かいのビルとかと合わせるのか?」


 言ってみてからありえるかもしれんと思い、周囲の高層の建物を見渡す。

 しかしどこにも鏡になる部分のあるビルはない。

 

「ただの “合わせ鏡で身だしなみを直したいですわあ” とかいう要求だったんでねえの? あれ」

「──鏡谷くん、相手は仏さま」

 土屋があきれて返す。

「水着姿の要求したとたん美少年の姿で来る仏なんか信用しねえ」

「──余裕ありそうで安心した」

 土屋が笑って返す。



「──とりあえずそこ全力で脱出して。このあとも営業あるんでしょ?」

「あーそうだった。やばい」



 つぎの営業と言われたとたんに本気になる。

 社畜が身についてるなあと思いつつ駆け足で階段を降りた。

 二、三階分ほど下りただろうか。


 涼一は階下を見て立ち止まり、目を見開いた。


「──どした」

 鉄筋を踏む足音が止んだことに気づいたのか、土屋が問う。

「……階段、減ってねえ」

 涼一はつぶやいた。

 土屋がため息をついたのが通話口から聞こえる。

 息をのむんじゃなく、ため息というのが何かありがたい。

 サポートする側にまで息をのまれたら、そろって動揺しているのを感じてよけいにあせる。

「二、三階分下りたけど、たぶん階数減ってねえ」

 涼一はあらためてそう伝えた。

 考えこんでいるのか、土屋がしばらく沈黙する。


「じゃあやっぱ幻覚か。一か八かで階段の外に飛び降りるって手もあるけど」

「うっ……」


 涼一は外階段の下を見た。

 営業で訪ねていた企業があったのはビルの三階。

 そこからまず少しずつ階段を降り、駆け足で二、三階分は下りたのだ。

 現実にはもう一階まで来ていると思っていい。


 とはいえ。


 目に映る外階段の下は、十階分ほどの高さなのだ。

 分かっていても賭けるのは怖すぎる。

「……万が一目に映ってるほうが現実だとしたら、全身複雑骨折で営業先に行くことになるんだけど」

「──くだけた笑顔のすてきな営業さんとか言われるかもな」

 土屋が軽口で返す。

「片腕かみちぎられてもシレッとつぎの営業行こうとしたおまえのレベルには俺はなれんわ」

 涼一はそう答えた。

 そこまでの根性があるこいつはボーナス額も違うんだろうか。

 どんどん要らんことを考える。



「──鏡谷(かがみや)、そこどこだっけ」

「椀間市拝天の高内ビル」



 涼一は答えた。

「──しゃあない、いまから行こうか。幻覚見えてない人間が誘導するのがいちばん手っ取り早いでしょ」

「いやそれだいじょうぶか? おまえが来たらいっしょに幻覚見ることになるんじゃねえの?」

「──あーなるほど、そか」

 土屋がそう応じる。


「──さっきから思ってたんだけどさ、鏡谷くん。屋内に入るドアないの? 外階段なら屋内に入るドアが各階くらいにあるでしょ」


「え……」

 涼一は周囲を見回した。

 五、六段ほど階段を下りたさきの踊り場に、シンプルなグレーのドアがある。

 何で気づかなかったんだ。

「ある」

 涼一は答えた。ゆっくりと踊り場に下りる。

「──んじゃ、まずそこ退避して」

「だよな。お騒がせしゃーした」

「──どういたしまして」

 土屋が答える。

 涼一は、ドアノブに手をかけた。





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