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三時の約束で行くことになっている清掃会社が入っているテナントビルに着く。
地下の駐車場に社用車を停め、涼一はキーをスラックスのポケットに入れた。
カバンをかかえながらスマホをだし、時間を確認する。
二時四十五分。
何だかんだ間に合った。
途中、白い実線のセンターラインがある道路に出ては合計三台追い越ししたしなと思う。
警察の速度違反の取り締まりがないかちょっとヒヤヒヤしたが、こちらも月曜から金曜まで休むことなく市内中を走行している身として、いわゆるネズミ捕りの時期と場所は把握している。
コツコツ、と自身の革靴の音が、暗い地下駐車場内に響く。
上階に上がろうとして、ふと薄暗い階段が目に入った。
さきほどのOLの霊が頭をよぎる。
あれはあの企業に憑いているのか、それとも階段に憑いているのか。
念のため、しばらく関連のありそうなものは避けるかと目をそらす。
階段とは反対側にあるエレベーターのほうに足を向けた。
ここに来るたび何度か使っているが、こちらはこちらでかなり老朽化していそうなエレベーターだ。
下半身OLの呪いで落ちねえだろうなとものすごくイヤな気分になる。
ホールボタンを押し、階の表示ランプが下に降りてくるのを待つ。
地下のランプがついて、グレーのドアが左右に開いた。
乗りこもうとしたとき、女性の長い髪と制服のブラウスの肩が視界に入る。
「あ、どぞ」
下手にぶつかってセクハラの言いがかりつけられたら時間のムダだ。
涼一は、スッと横によけて女性をさきに乗せた。
窓のない薄暗い籠のなか。女性が奥の壁ぎわのほうに進んだのを横目で確認する。
女性に背中を向けて乗りこみ、行先階ボタンのまえに立った。
「何階ですか?」
さきに自分の行き先を押してから尋ねる。
「四階……」
女性が背後で答えた。
「四階ですか」
少し愛想いい感じで復唱ながら四階のボタンを押す。
「つぎに二階……」
女性がつづける。
いっぺんにか、ムリだろ。まず四階に降りてからだろ。涼一は軽く眉をよせた。
「つぎに六階……」
女性が告げる。
あちこちの階を行き来するような業務の最中なのだろうか。
ただ手順をたしかめているだけのひとりごとなのかもしれない。
涼一はボタンを押さず聞き流した。
「つぎに二階……」
背後の女性が言う。
ぜんぶ押せという意味じゃないよな。やはり手順の確認か。
「あちこちの階を行き来するんですか? たいへんですね」
涼一は愛想笑いをして話しかけた。
「つぎに十階……」
「十階」
涼一は行先階ボタンを見つめた。
ボタン、八階までしかないんだが。
いやテナントビルによっては、二階までしかないエレベーター、三階から八階までのエレベーター、五階から十二階までのエレベーターなんてものがてんでバラバラな場所にあるという異次元的な建物もあるが。
「十階についたら五階……」
女性が告げる。
「……戻るんですか? たいへんですね」
涼一は愛想笑いをした。
「五階につくと若い女が乗ってくる……」
背後の女性がそうつづける。
若い女は自分じゃないのか。
ほかの女性社員ということだろうか。涼一は眉根をよせた。
いくら何でも様子がおかしくないかこの人と思う。労働時間過多で精神的に少しキてるんだろうか。
「えっとあの……」
涼一は話しかけた。
「……よけいなことかもしれないですけど、過重労働のリスクがあるような会社にいるなら、訴えるとこ訴えたほうがいいと思いますよ」
涼一は背後の女性に言った。
自身の会社はそこまでのところではないが、何やら身につまされる。
女性がしばらく押し黙った。
話も通じないほどに精神がぶっ壊れているんだろうか。この人のほかの社員はどうしてるんだと怖くなる。
「あ、よけいなら無視してください」
「若い女が乗ってくるけど、ぜったいに話しかけてはいけない……」
女性がそうつづける。
涼一はゆっくりとふりむいた。
背後にいたのは、タイトスカートと二本の脚とパンプスだけの上半身のないOLだった。
カツ、カツ、とOLがパンプスの靴音を立てて足踏みする。
「うわっ!」
涼一は声を上げてドアに貼りついた。
しかし直前にとんでもない超ブラック企業を想像したところだったので、その想像にくらべたら異様な幽霊はそこまでの怖さを感じない。
幽霊よりやっぱ生きた人間のほうが怖い。ここでそう思える自分、何か知らんがすげえなと思いつつ下半身OLの動きをじっと観察する。
妙な具合に冷静になりながら、行先階ボタンの三階にランプがつくのを横目でたしかめる。
ドアが開いた。
そのままカバンを手に走りだす。
目的の企業の事務所のガラスドアのまえまで来てようやく立ち止まり、息を吐いた。




