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【 秋の文芸展2025】階段が増えていく怪談  倶利伽羅怪談 ㇰリヵㇻ ヵィダン 〜社畜バディと奔放JKの怪異対応処理〜番外編  作者: 路明(ロア)


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営業先၈会談 四


「何回やってんの? 鏡谷(かがみや)くん、ばかなの?」


 たおした運転席のシートで意識をとりもどす。

 フロントガラスから見える昼下がりのしずかな駐車場の風景とともに土屋(つちや)のあきれた声が耳に入った。

 助手席に座った土屋が、缶コーヒーを口にする。

「……それあったかいやつ?」

「あったかいやつ」

 土屋が答える。

「くれ」

 涼一は手をのばした。

 土屋が、まだプルタブをあけていない缶コーヒーを手渡してくる。

「百五十円」

 そう告げられた。

「カバンの中にサイフ……」

 そう言い、頭部の位置をずらしてカバンをさがす。

 土屋が来るまえまでは助手席に置いていたが、来てからは自身の(ひざ)の上に置いていた。

「うしろに置いた」

 土屋が後部座席を指す。



「まいどまいど行員さんに触っては、仏さんとのエネルギー差にあてられて気絶すんの何でやりたいの? ドMなの?」



「あー、やっぱ “おさわり厳禁” って書いたTシャツ着て出てきて欲しいよな、あの人」

 涼一はため息をついた。

「こうなるともう気絶覚悟でわざとおさわりに行ってんのかなとか」

 土屋が缶コーヒーを飲む。

 涼一は上体を起こした。

 倒されていた運転席のシートを上げ、手渡された缶コーヒーのプルタブを開ける。

 コーヒーをひとくち飲んだ。

 

「なにおまえ、ついてたの? 営業の時間だいじょうぶ?」

「担当さんがさっき通話よこして、渋滞解消されたんでいそいで帰社するってさ。そろそろ行く」


 土屋がグッと缶コーヒーを飲み干す。

「やっぱ行員さん、手ぇまわしてたのかもね」

「そういうことできんのに、何で怪異の解決は自分でやらんわけ? あの人」

 涼一は眉をよせた。



「何かいろいろあるんでしょ。次元違うとこからのアプローチだからそれがやっとなんだとか」



 土屋が言う。

「ていうか曼荼羅まんだらから時空ぜんぶ見渡してるような人を、三次元しか見えないヒトカスが理解しようなんてムリ」

 涼一は缶コーヒーを飲んだ。

「あれか? アリが糸の上を歩いてたら人間は線の上を歩いてると認識するけど、アリは平面を歩いてると認識してるっての」

「そそ。観測者によって一次元が二次元になるとかそういうの。知らんけど、理解したかったらそういうのからはじめないとじゃないの」

 涼一は缶コーヒーをひとくち飲んだ。

 缶をドリンクホルダーに置く。


「つぎの営業行こ」


 ため息をついた。

「俺ももう行くわ、んじゃ」

 土屋が助手席のドアを開けて外に出る。

「塩渡すからちょっと待ってて」

「おう」

 涼一はそう返事をして、土屋が自身の車にもどるのを目で追った。

 土屋が自家用車のドアを開け、上部を輪ゴムでくくった小さなポリ袋をとりだす。

 腕を前後にふり、こちらに投げる準備と思われるしぐさをした。

 涼一はサイドウィンドウを開けて受けとる用意をする。

 土屋が、ポンと小袋を投げた。



 受けとろうとした瞬間、視界いっぱいに笑った女の顔が現れ、視界がさえぎられる。



「え? あ」

 涼一は受けとりそこねて、手で空中をつかんだ。

 さいわい土屋は車内に落ちるよう投げてくれたらしく、塩の小袋は運転席の(ひざ)の上に落ちる。

「何した」

 土屋が怪訝(けげん)そうな顔をする。

「いや……取りそこねた」

 涼一はややぼうぜんとしてそう答えた。


 女の顔は一瞬で消えた。

 錯覚か。


「俺、五時ごろ帰社予定だから、何かあったらスマホにかけてきて」

 土屋がそう告げて自身の車の運転席にまわる。

「いや……だいじょうぶじゃねえの?」

 涼一はそう答えてサイドウィンドウを閉めた。

 

 土屋が車のエンジンをかける。「じゃ」というふうに運転席から手をふった。

 まもなく発進して公道に出る。

 

 涼一は、塩の入った小袋をダストボックスに放りこみ、エンジンをかけた。





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