合ゎㄝ鏡၈迷宮 一
ほとんど空き地に近いドラッグストアの第二駐車場。
社用車の運転席と助手席で、涼一は土屋とそろってフロントガラスの外の景色をながめた。
「……つって、どうしろっての。異世界への橋の感知能力なんて俺にはねえぞ」
涼一はボヤいた。
「行員さんのほうがそれ分かってるでしょ。そういうのを期待してるなら鏡谷くんに隠れたそういう能力があるってことだし、ないならそこまでの能力は今回は必要ないってことだし」
「なにそれ。サトリ開いちゃってるの、おまえ」
「行員さん絡みのことなんて、これがいちばんの対応策でしょ」
それでも、ようあっさり切り替えられるなと思う。
さすが兄弟のわがままに付き合ってきたオニイチャン。一人っ子の自分とはわがまま対応の格がちがうわと思う。
土屋が助手席のドアハンドルに手をかける。
「とりあえず、みどりさん括弧仮名待ちでいいんじゃないかな。それまではふつうに営業のお仕事してるってことで」
「兼業させんなよな……」
涼一は顔をしかめた。
土屋が助手席のドアを開けて降車する。
「んじゃ。とりあえずつぎの営業行くから、何かあったらスマホにかけて。つながらなかったら、さやりんに通話して」
「あんなやかましいのにかけるくらいなら、一人で下半身OLぶった斬っとくわ」
涼一は眉をよせた。
「鏡谷くん、みどりさん括弧仮名」
「……みどりさん」
ぶった斬るとかいう発言よりそっちが問題なのか。
少々困惑する。
土屋のスーツのポケットからスマホの着信音がした。
「お」
土屋がそうつぶやいてスマホを取りだす。
「さやりんだ。早いな」
「関係ねえ話したくてかけてきたんじゃねえの? あいつかなりの高確率で、わけ分からん話ししてわめくだろ」
「──はい。さやりん、俺だけど。これから営業だから手短にね」
土屋が通話に応じる。
「ん? 鏡谷? いまも俺の横にいるけど?」
ややしてから、さきほどと同じように土屋が困惑した顔をする。
「何した」
「またわめかれてる。よく分かんないから加わってくれる?」
土屋がスピーカー機能のアイコンをタップする。
「いや、俺が加わったところであいつの対応はむり……」
「──だだだだいたい二人ともままだ昼間じゃん! 仕事どうしてんの、営業のあいまにそういうことやっちゃってんの?! そそそういうBLこのまえみみ見たけどさ、仕事のあいまにラララブホとか行っちゃって! でもでもこっちはなんてゆうか十八歳以下じゃん!」
爽花のキンキン声が車内に響く。
涼一は顔をしかめた。
「何こいつ、なんかの発作?」
「発作か。そこは思いつかなかった。徹夜でテスト勉強でもしてんのかな」
土屋が眉をひそめる。
「──さやりん、いまテスト期間中?」
「──ラララ何とかって何だ。何かのCMソングか?」
二人で同時に質問する。
「──ほんとに二人でいるぅ!」
爽花がわめいたあとに、はぁぁと息をつく。
「──二人でさ、いつでも会いたい気持ち分かるけどさ。オトナだしそういうのも分かるけどさ。わたし二人の関係知ってから、友だちにBL借りて理解しようって勉強してるけどさ」
一転しておだやかな口調になる。
「何こいつ躁うつ病?」
涼一は顔をしかめた。
「たしかにさやりんの言うことって八割くらい分かんないかも。世代間ギャップかな」
土屋が応じる。
「──さやりん、ていうか用事そこ? 俺つぎの営業行くから、つづきは鏡谷のスマホにかけ直してくれてもいい?」
「俺だってつぎの営業あるわ。も、切れ」
涼一は吐き捨てた。
「──ちがちがちがっ。さっき土屋さんが、OLさんの行方不明事件とか変死とか調べてってゆったじゃん。エックスで聞いたら何人かリプくれたの」
「はや」
土屋がつぶやく。
「どんなのだ。早く読み上げろ」
涼一はスマホに身を乗りだした。
「──えっと。“FF外から失礼します”」
「FF外うんぬんは省略して要点言えっていつも言ってんだろが! 就職後に説明がわけ分からんアホOL扱いされたいかっ!」
さらに身を乗りだした涼一を、土屋が押しとどめるようにしてなだめる。
「つづけて、さやりん。なるべく手短に」
土屋が指示する。
「──うん。“FF外から失礼します。以前から、さやりんさんのポストにたびたび登場するりょんりょんさんに興味があってポストを読ませてもらってました。新紙幣の怪異を抑えた女子高生霊能者ですよね。自分、あの怪異の起こったS県なんで”」
「……あ゙あ゙?!」
涼一は顔をきつくしかめた。
「 “さやりんのお友だちのりょんりょんさん” が、SNS上でどんどん勝手に萌えキャラ化してる……」
土屋が苦笑いする。
「ほんものは社畜の男性二十代なのにな」
「やかましいわ」
涼一はそう返した。
「いいから要点だけ読め。余計なとこばっか読んでると、一生お団子って呼ぶぞ」
「──えっと、要点どこだろ。ここかな」
爽花がひとりごとを言ってつづける。
「 “異世界に行ったような、というとちょっと曖昧で人それぞれの解釈になっちゃうと思うんですが、OLさんの奇妙な変死の話なら一つ聞いたことがあります。K県に本社がある株式会社わたのはらってとこの昔あった子会社にいた人ということなんですが。あ、続きます” 」
「株式会社わたのはら?!」
「うち?!」
涼一は土屋と同時に声を上げた。
「むかしあった子会社って」
「どこだ」
涼一はスマホを取りだした。
自身のつとめる企業の概要を検索する。
「──えとえと。“そこの社屋の玄関に大きな鏡があったそうなんですが、もう一つ階段のそばにもありまして。合わせ鏡になってたみたいなんですね。その変死したOLさん、一応当時の新聞にもお名前が載ってまして蔦田 緑さんっていうかたなんですが(続きます)”」
「まじでみどりさんかよ……」
涼一はげんなりと眉根をよせた。
「ぐうぜんだねえ」
土屋が苦笑いする。
「──えとつづき。“彼女は勤務中にその合わせ鏡の場所を通ったみたいなんですが、どういうわけかご自身のデスクに戻って来たときには半狂乱になってたそうで、周囲にいた同僚たちが驚いているあいだに急死してしまったそうです” 」
土屋が顎に手をあてる。
「──“オカルト界隈では、合わせ鏡のところを通りかかったさいに異世界の何かを見たか、接触したかしたのではなんて言われてるんですよね” 」
爽花がリプを読み上げた。




