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【 秋の文芸展2025】階段が増えていく怪談  倶利伽羅怪談 ㇰリヵㇻ ヵィダン 〜社畜バディと奔放JKの怪異対応処理〜番外編  作者: 路明(ロア)


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営業先၈階段 一


「はい、鏡谷(かがみや)


 営業先の社屋内。

 ルート営業の訪問を終えて二階から一階に降りようとしていた鏡谷 涼一(かがみや りょういち)は、階段途中で手すりによりかかりスマホの通話に応じた。

 かけてきたのは、同僚の土屋 大輔(つちや だいすけ)だ。

 地元が同じで、幼稚園から中学校までいっしょだった。高校と大学は違ったが、いまの会社に勤めてから再会した。

 


「いま? おんざきコーポレーション本社の階段」



 涼一は現在いる位置を見回した。

 頭上で互い違いにななめになった階段が目に入る。

 階段などいつも利用しているのに、こうして見る角度を変えるとふしぎな光景だ。

 階段を昇りかけたところに貼りつけてある大きな鏡が、一階の廊下の向こうを行く人を写しだしている。

 さきほどそこを通ったさいにさりげなくネクタイを直した。

「──鏡谷(かがみや)くん、さっきも階段にいなかった?」

 土屋(つちや)が問う。

 幼なじみの気安さで、からかい半分のような口調で「鏡谷くん」と呼ぶときがある。

 通話口の向こうはほとんど音がなく静かだが、彼のほうはどこにいるのか。

「さっきは駅の階段にいた」

 涼一は上階を見上げた。


 企業の制服を着たOL風の人物が、上階の階段にいた。


 そのまま階段を降りてくるのかと思っていたが、いなくなってしまった。

 ただ上階の階段付近を通りかかっただけか。



「──そのまえにかけたときは、テナントビルの階段だったような」

「気になんなら、つぎはエレベーター使ってやるよ」



「──いや、そういう問題じゃなく」

 土屋が笑いながら返す。

「そっちはどこいんの」

「ネカフェの駐車場」

 土屋が答える。

 そこに停めた車の中か。

 このあとネカフェで仮眠でもとるんだろうか。そんなふうに推測する。


「つかめずらしいんでねえの、こんな頻繁(ひんぱん)にかけてくんの」

「──ん? さっきのテナントビルのときしかかけてないけど? 駅ってなに」


 涼一は黙りこんだ。

 以前、新紙幣にまつわる怪異に巻きこまれて以降、土屋と知り合いの女子高生に「怪異ホイホイ」などと揶揄(やゆ)される体質になっている。

 厳密にいえば母方の祖父が住職をやっている寺の仏が、調伏したい霊がいるときだけ怪異に巻きこんでいるという感じなのだが。

「んじゃ、テナントビルのとき以外でかけてんのだれ」

 涼一はスマホを耳にあてたまま周囲を見回した。



「──なぁんて」



 土屋がシレッと言う。

「──いや冗談だけどさ」

「何なのおまえヒマなの? こっちがきょう回る予定の企業、代理で行くか? あ゙?」

 涼一は声音を落とした。

「──ちなみにどことどこ」

「いまから華沢(はなざわ)不動産、三時の約束で拝天クリア・サービス、そのあとスーパーマルスミと余目(あまるめ)総合病院」

 涼一は早口で答えた。

 総合商社なので取引先は多岐に渡る。

 専門性を考えて、ある程度は似たような業種の企業をあてがわれるが、それでも何でここをと思うような企業の担当になってにわかじこみでその業種の勉強をしたことはある。

 

「──医療器具?」

「いや医療廃棄物入れるポリ袋とか入院患者用のレトルト食品とか」


 「なる」と土屋が返す。

「華沢不動産って、あそこか。このまえ海のほうの事故物件借りたとこ」

「そそ。補陀落渡海(ふだらくとかい)の坊さん出たとこ……」


 

 コツコツコツ、と軽い靴音が聞こえて、涼一はなにげにそちらを見た。


 

 上の階からミントグリーンのタイトスカートと、そこかから伸びるきれいな脚が階段に踏みだす。

 身につけているのは企業の制服だろうか。ここのものとは違うが。

 怪異のさいになんどか遭っている女性を連想して、涼一はスマホを持ったまま女性の動きを目で追った。

 コツコツコツとパンプスの音が階段を降りてくる。

「行員さん……?」

 涼一は小声で呼びかけた。

 ブラウスと、ミントグリーンのベストをつけた胸元が見える。

「あ、違う」

「──何した」

 土屋が尋ねる。

「制服の女の人降りてきたんで行員さんかと思ったら違った」

「ああ、行員さん……」

 土屋がそう復唱した。



「──ぶっちゃけさっきからかけてんのさ、さやりんのところに行員さんが現れたみたいだから、そっちにも行ってるか怪異が起こってるんじゃないかと思って」

 


「お団子頭んとこ? 現れたってなにしに」

 涼一は眉をひそめた。

「──さやりんが学校の階段の段数を一、二、三ってかぞえてたら、とつぜん横から “いま何時ですか?” って聞かれたんだって」

 涼一は顔をしかめた。

「……そば屋の落語しに現れてんの? あのひと仮にも神仏だろ」

「仮にもどころかホンモノの神仏なんだけど」

 土屋が、ハハッと笑う。

 それ以前にお団子頭こと爽花(さやか)はなぜ学校の階段の段数なんか数えていたんだろうと思ったが、あいつの思考形態がやかましすぎてあまりツッコみたくない。

「こっちはなんも。他社の階段で長話もなんだから、切るぞ」

 涼一はそう告げて通話終了のアイコンを親指でタップしようとした。


 コツッとパンプスの音がする。


 階段の踊り場を見上げる。

 大きなはめ殺し窓を背にして、ミントグリーンの制服の女性が立っていた。

 

 

 上半身がない。



 タイトスカートと、そこから伸びたストッキングをはいた脚とパンプス。

 カツカツとその場で足踏みした。





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