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【猟奇的サスペンススリラー】イミテーション  作者: てっぺーさま
第三章 悪魔的策略

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【悪魔も聖書を引用できる——】


真の〝悪魔〟はいったい誰なのか!? 

驚愕のラスト!あなたはきっと騙される!!

「すみません、遅くなって」

 待ち人が謝罪しながら現れ、二人掛けのテーブル席に腰を下ろした。

 佐藤は時計に目をやった。待ち合わせの時間をほんの数分過ぎていただけだった。

「待ちましたか?」

「いや、おれも今着いたばかりだ」

 目の前の男が正装したウェイターにホットコーヒーを注文する。ウェイターが去ると、彼は笑みを浮かべて口を開いた。

「佐藤さん、先日は見に来てくれてありがとうございました」

「いや、いい舞台だった。正直そんな期待してなかったが、最後まで飽きずに楽しめた」

「それはよかった」

 彼は満足げな笑みを浮かべた。佐藤は約束通り、彼の舞台に足を運んだのだ。

 桜井拓海、三十一歳。佐藤より二歳年下だ。プロの役者を目指しており、昼はコールセンター、夜は渋谷のカフェバーで働いている。

 ホットコーヒーがテーブルに置かれた。桜井はコーヒーに砂糖を入れ、スプーンでかき混ぜながら口を開いた。

「それで、話って何ですか?」

 佐藤はすぐには答えず、コーヒーカップを口元に運んだ。

 これから切り出す話題は、気軽に話せるようなものではなかった。他人に聞かれるのも避けたかった。佐藤は店内をゆっくりと見回し、まわりの客たちを観察した。みな、自分たちの会話に夢中で、こちらに注意を払う者はいない。問題がないと判断すると、佐藤は少し身を乗り出し、声を潜めて言った。

「実はな、いい儲け話があるんだ。あんたの特技を活かして、人生を変えてみないか?」


    *  *  *


 佐藤は事の発端から詳しく語って聞かせた。相手はかなり緊張した様子で耳を傾けていたが、最後まで口を挟んでくることはなかった。

 一通り話し終えたあと、佐藤は重要な点を改めて強調した。

「……繰り返すが、おそらくあの女はまた、顔に火傷を負ったと偽って交際相手をだまそうとするだろう。そこで動揺することなく、平然と永遠の愛を誓えばいい。そうすればきっと、あの女は簡単に落ちるはずだ」

 相手は眉間にしわを寄せ、かなり険しい顔をして聞いている。佐藤はさらに続けた。

「もうじきあの女は、父親の莫大な遺産を相続する。結婚したあとであの女が死ねば、その遺産は全部旦那のものになるってわけだ。どうだ、千載一遇のチャンスだと思わないか?」

 目の前の男は無言のまま、困惑した様子でうつむいた。当然の反応だろう。数回しか会ったことのない男から、突然犯罪行為に加担しろと言われれば困惑しないほうがおかしい。佐藤は辛抱強く相手の反応を待った。

 やがて、相手がため息交じりに口を開いた。

「……その女、病気か何かなんですか?」

「いや、いたって健康だ」

「じゃあ……」

 佐藤が不敵に笑って見せると、目の前の男は強く首を横に振った。

「無理だ、無理だ、無理だ! 絶対にうまくいきっこない!」

「何が無理なんだよ?」

「その女を事故か何かに見せかけて殺そうとしても、絶対に警察にばれるに決まってますよ!」

「誰が事故に見せかけるって言った?」

 取り乱していた相手が急に真顔になる。

「何か、いい方法でもあるんですか?」

「ああ」

「じゃあそれを教えてください」

「いやだね。あんたがまだ本気じゃないのに、手のうちをすべて見せたくはない。あんたが断るなら、別の誰かを探すまでだ」

「それじゃあ、具体的な方法はすでに用意してあるんですね?」

「ああ、当然だろ。だが、そう簡単に教えたくはない。企業秘密ってやつだ。あんたが本気だってわかれば必ず教えてやるよ」

 相手は不服そうな様子で黙り込んでしまう。しかし、この場を立ち去らないのは、こちらの提案に少なからず惹かれている証拠だろう。

 しばらくして、相手が口を開いた。

「……話はわかりました。でも佐藤さん、あなたに何のメリットが?」

「金に決まってんだろ。その女が死んでまとまった金が入ったら、おれに三千万渡してくれればいい」

 相手は困惑した様子で答えた。

「三千万……。結構な大金ですよ」

「おそらく数十億って金が手に入るんだ。三千万なんて、はした金だろ」

「いやでも、仮にですよ。仮に計画がうまくいったとしても、その女の遺産が全部ぼくに入るとは限らないですよね? 遺言とかで、遺産は全部寄付するとか書かれていたら……」

「それは問題ないんだよ。たとえ遺言でそう書かれていても、この国には遺留分って法律があるんだ」

「イリュウブン?」

「そうだ。遺言でどう書かれていようが、配偶者は遺産の半分を必ず受け取れるんだ。だから、遺言の内容がどうあれ、あんたは確実に遺産の半分を手に入れることができる」

「そうなんですか……」

 目の前の男は、考え込むようにうつむいた。

 佐藤はスマホを相手にかざして言った。

「その女の写真、見とくか?」

「いえ、いいです……。ぼくはまだ、話に乗ると決めたわけじゃないですから……」

「だが、だいぶ乗り気にはなってるだろ?」

 図星だったのか、桜井は複雑な表情を浮かべた。彼はこちらの提案を簡単に断れる立場にはない。佐藤はそこを突くように畳みかけた。

「なあ、よーく考えてみろよ。役者を目指して何年だ? 確か十年だったか? あんたの夢を否定するつもりはないが、十年やっても結果が出てないのに、このまま同じ道を進むつもりか? 今後どれだけがんばっても成功の保証なんてない。むしろ、十年経っても芽が出ないんだから、成功しない可能性のほうが高いはずだろ? 仮に今、役者をあきらめて就職したとする。だが、役者崩れじゃ、正直まともな職に就くのはむずかしいだろう。それに無事就職できたとしても、自分より年下の上司にこき使われる毎日が待ってるだけだ。うちの会社にもそういうやつがいるが、惨めなもんだぜ。入社が遅いってだけで、年下の先輩に敬語を使わなきゃいけないんだからな。あんたもその辺はわかってるはずだろ? だったら、ここは腹をくくって、おれの計画に乗ってみるのも悪くないんじゃないか?」

 現実を突きつけたことで、目の前の男は苦々しげに顔を歪めていた。年齢的にも、役者としての成功がむずかしいことは本人も自覚していたのだろう。きっと辞めどきを見失い、これまで惰性で続けてきたに違いない。だが、この先に希望がないからこそ、今回の計画にはうってつけの人材だった。本気で悪事に賭けるのは、あとがない者だけなのだから——。

 目の前の男が疲れ切った表情で口を開いた。

「佐藤さん、なんでぼくを選んだんですか?」

「決まってんだろ。あんた、仮にも役者だろ? 演技で人をだますのは得意だろうと思ってな」

 相手は大きなため息をつく。

「もしかして、最初からぼくを計画に巻き込むつもりだったんですか?」

「お、察しがいいな。その通りだ。あの店であんたと話してるときに、この計画を思いついたんだ。役者をやってるって聞いて、ピンときたんだよ」

「じゃあ、舞台を見に来てくれたのも、ぼくの演技力を確かめるためだったとか?」

 佐藤が小さく笑って見せると、相手は落胆した様子で答えた。

「……ちょっとガッカリですよ。ぼくは純粋に、舞台に興味をもってくれたと思ってたのに」

「おいおい、おれが舞台なんかに興味ありそうに見えるか?」

「まあ、そうですよね……。不思議だったんですよ。何でわざわざ舞台を見に来てくれたのかなって。ひょっとしたら、ぼくに興味があるのかもって……」

「おいおい、よしてくれ。おれは女にしか興味ねえよ」

「ですよね……」

「ああ、それとな。演技力の他に、あんたの見た目も考慮したぜ」

「そこは、礼を言うべきなのかな」

 相手は皮肉っぽい口調で返してきた。

「いや、見た目の良さは両親に感謝するんだな」

 その言葉に、相手は苦笑いを浮かべながらコーヒーを口に運んだ。

 佐藤は念を押すように相手に言った。

「いいか、よく聞け。おれだって毎日くすぶった生活を送ってて、正直うんざりしてるんだ。だからこそ、おれはこの計画に賭けてる。そのために先行投資だってしてる。あの女の身辺を調べるのに、いくら使ったと思ってる? すでに数十万円って金を突っ込んでんだよ。それだけこの計画に賭けてるってことだ。だからこの計画に関わるやつにも、それ相応の覚悟を求めてるんだ」

 本気度が伝わったのか、目の前の男は真剣な表情に変わっていた。今は腕を組んで、考え込むような顔をしている。

「あんた、恋人は?」

 急な問いに、相手は一瞬びくっとなった。

「……いえ、いないですよ」

「本当か?」

「本当ですって」

「ならいい。女がいたら、この計画の邪魔になるだけだからな。いないならそのほうがいい。けど、その顔で女がいないってのはもったいないな。なんで作らないんだ?」

「一人でいるのが好きなんですよ」

「まあ、そういうやつもいるよな」

 佐藤はコーヒーを飲み干し、空になったカップをテーブルに置いた。

「あんたに考える時間をやる。一週間だ。それまでにじっくり考えてくれ。けどな、それ以上は待てない。覚悟ができたら連絡をくれ」

「……わかりました」

「最後に一つだけ言っておく。こんなチャンス、一生に一度来るかどうかだぞ。そこんとこ、よく頭に刻んでおけ」

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