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【猟奇的サスペンススリラー】イミテーション  作者: てっぺーさま
第二章 見え始めた悪意

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15/40

労働からの解放

【悪魔も聖書を引用できる——】


真の〝悪魔〟はいったい誰なのか!? 

驚愕のラスト!あなたはきっと騙される!!

「拓海君、今の演技よかったよ!」

 演出家の近藤から賛辞を受け、拓海は気をよくしながら休憩に入った。

 台本を手に壁際に腰を下ろすと、リョウが声をかけてきた。

「拓海さん、結婚して変わりましたよね」

「そう?」

「ええ、何だか前より表情が柔らかくなったっていうか、人生を楽しんでる感じがしますよ」

「そうかな。自分では変わったつもりはないんだけど」

 嘘だった。結婚を機に大きく変わったことは、拓海自身も自覚していた。そしてその変化の一番の要因は、〝労働〟からの解放に違いなかった——。


 結婚前は、常に金銭的に困窮しているのが当たり前だった。高時給のコールセンターで働いていたものの、ボーナスも出ない派遣社員では金が貯まることはなく、出費が重なれば家賃を滞納することさえあった。そんなときには保証会社から即座に督促の電話がかかってくるのだが、その間は生きた心地がしなかった。滞納分を払うために残業を強いられ、その望まぬ残業は魂が削られていくような生き地獄でしかなかった。


 勤めていたコールセンターは保険の窓口だったこともあり、金銭が絡むため感情的になる客が多かった。そのため、客の暴言に耐え切れずにすぐに辞める者も少なくなかった。業務自体は慣れてしまえば単純労働だったが、一般的な単純労働よりもコールセンターの時給が高いのは、客からのクレームを見込んだ我慢料が含まれているからだろう。

 だが、()()とは恐ろしいもので、入社当初は理不尽な暴言に数日怒りが収まらないこともあったが、何度も浴びているうちに耐性がつき、「また来たか」と聞き流せるようになってくる。経験を積むにつれ、客のあしらい方も上達していった。それでも、「声が小さい!」と冒頭から怒鳴ってくる高齢者には何年経っても殺意を覚えた。「お前の耳が遠いだけだろ!」と言い返したい気持ちを何度抑え込んだことか。

 長く勤めれば勤めるほど最悪の仕事だと感じるようになっていったが、ビルの入り口で死んだ目をして立つ警備員たちを見ては、彼らと比較して溜飲を下げていた。一日中ただ突っ立っているだけの仕事に比べれば、コールセンターでの仕事のほうがまだ生産性は高いだろうと自分を慰めていたのだ。


 結婚を機に辞めるまで、コールセンターには六年ほど勤めた。そこでさまざまな人間と接した経験は、役者を目指す上で確かに糧になった。だが、あんな仕事は一年もやれば充分だ。何年も続ける仕事ではない。シフトの融通が利いたから六年も続いたが、結果的に多くの時間を無駄にした。月に百六十時間、年間でおよそ二千時間、六年で一万時間以上だ。失った時間を思うと、ぞっとするほどだ。

 今の解放感を思うと、望まぬ労働がどれほど心を疲弊させていたかがよくわかる。労働への憎悪すら湧いてくる。これまでに費やした労働時間は、まさに人生の浪費そのものだった。

 そんなストレスに満ちた生活から解放されたのだ。リョウが言うように、それが顔に表れるのも当然だった。


「麗子さん、その後どうなんですか?」

 リョウの問いに、拓海はため息交じりに答えた。

「実は、あまり良くなくてさ」

「それは心配ですね」

「風邪みたいな症状がずっと続いてて、顔色も悪いんだ」

「病院は行ってないんですか?」

「行ってない。本人が、ただの風邪だからって」

「まあ確かに、あたしも風邪くらいじゃ行かないですけど」

「本当に、ただの風邪ならいいんだけどね」

 そこで、演出家の近藤が手を叩いて声を張り上げた。

「はい、休憩終わり! もう一度、通しでやってみよう!」

 拓海は仲間たちとともに立ち上がると、首をポキポキと鳴らしてから役者モードへと切り替えた。

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