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「僕を忘れろ」と言った義兄が忘れられません【連載版】  作者: 矢井瀬 月


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43.ゲイルとの決着(*R15G)


(※アリシア視点→)



 ジルベール王は疑心暗鬼に陥り、一気に老け込んだ。

 そしてロイの巧みな甘言に操られていることに気づかず、その横暴さ、残虐さは以前にも増して世に知れ渡ることとなる。

 王子たちの血筋も確かではないとの噂が広まり、彼に取り入っていた臣下たちの心も次第に離れていった。


 それでもロイは徹底してジルベール王を甘やかす。王は完全に手玉に取られていた。


 私たちにとって、ここがまさに好機といえた。遂に王城へ乗り込む計画を実行する時が来たのだ。



 前回の失敗を踏まえ、今回は決起集会を行わず、各地の同志たちを王都周辺に配置し、伝令で連絡を取り合う形で進めることにした。


 王城に乗り込むのに合わせ、平民の暴動も同時に発生させる。各地の貧民や私兵は、暴動に参加する班と、私たちとともに城に突入する班に分かれていた。


 城内の制圧は主に、別部隊が担当する。そしてジルベール王との対峙の直前で、クラージュ様に交代する予定だ。それまで彼はヨルカとして、私たちの一行と行動を共にする。


 城に乗り込むため、私たちは武装を整えた。ヨルカとエル兄は剣に投げナイフ、私は短刀と弓を携える。


 二度と待つだけの自分でいるのは嫌だった。だからこそ、無理を言って参戦を願い出た。決して足手まといにはならない──そう心に誓って。


 鎖帷子くさりかたびらに固く結ばれた革の防具を纏い、胸の奥に潜む恐怖を払うように、深く息を吐く。


「……いくぞ」


 決意の声に、同志たちは自然と頷いた。クラージュ様は武具を手にしながら天を仰ぎ、力強く叫ぶ。


「今度こそ、必ず成し遂げる! この世に泰平を! すべての民に安寧を! イヴォン……見ていてくれ、俺が次代の王となる!!」


 「おーーーー!!」


 掛け合わさる呼応に、皆の信念が篭もる。過去に失ったもの、諦めかけた希望──すべてが今、ここでひとつに重なって動き出す。

 


 都では既に、至るところで暴動が起きていた。鎮圧に走り回る衛兵たちと民の衝突で、街は混乱を極めている。


 ニコラスさんをはじめとする、兵士に紛れた同志たちは、鎮めるふりをして巧みに扇動し、騒乱をさらに広げていた。


 私たちが王城へ決起の行軍に移ろうとしたその時──。

 闇を割って、不快な笑い声が響いた。


「ヤッホー。アリシアちゃんとその仲間たち。随分と男侍らせちゃってまあ、俺に嫉妬させたいのかなぁ?」


 松明の赤に照らされて現れたのはゲイルだった。

 今度はひとりではない。鎧に身を包んだ衛兵を数十人引き連れ、右腕の怪我も意に介さず、余裕綽々とこちらを見下ろしている。


「やっぱりパパの敵討ちだよね。ああ……マジで、かったるい。世直しなんてやめてくんない? せっかく媚びへつらうだけで楽に生きてけるのに。上がバカって、楽なんだぜ」


 その言葉に腸が煮えくり返り、私は思わず叫んだ。


「ふざけないで! それで泣いてる人がどれだけいると思ってるの!」


「別にさ、俺が泣いてなきゃそれでいいんだよ。でも……アリシアちゃんは、滅茶苦茶に()かせたいかなぁ。きっとイイ表情(カオ)するんだろうなぁ……」


 ギラリと鈍く光る赤銅色の視線に、氷の刃を突き立てられたような悪寒が走る。

 エル兄とヨルカ、レオ、アンドルーが殺気を放ちながら私を囲むように陣形を組み、剣を抜いた。


 ゲイルも左手で剣を構え、兵たちに下卑た声で号令を飛ばす。


「野郎どもをぶっ潰せ! 俺が出世したら取り立ててやるからよ!」



 瞬く間に斬り合いが始まった。


 ヨルカの剣が宙を裂き、正面から襲い来る兵を次々となぎ払う。エル兄は間合いを詰めてきた兵を斬り伏せると、すかさず投げナイフを放ち、背後から迫る者の喉を貫いた。


「アリシア様、左離れていいですか? 俺、後ろ回ります!」


「わかった!」


 レオの声に振り向きざま、私は左から来た兵士の膝に、短刀を突き立てた。刃が鎧の隙間を捉え、兵士が呻き声を上げて崩れ落ちる。


「アリシア様、怪我は無いですか?」


「うん、平気!」


 右側のアンドルーも剣を振り下ろし、別の兵を斬り伏せた。互いに短く笑みを交わし、背中を合わせる。彼らをこんなにも信頼出来る時が来るなんて。


 数の多さに押されかけても、誰かの声が必ず飛ぶ。


「後ろだ!」「右は任せろ!」


 更に後方の敵には、私や他の同志が弓を放ち、全員で力を合わせながら少しずつ、兵の数を削っていった。



 やがて残るは、ゲイルただひとり。

 血に濡れた左手で剣を握りしめ、歯をむき出して吠える姿は、それでもなお倒れぬ異常さを物語っていた。


「テメェらどけよ、アリシアちゃんは俺のモノなんだよ!」


「あんたのモノになった覚えなんて、一度もない!」


 ぞわりと肌を粟立てながら、私は叫んだ。

 すると、ゲイルはニヤリと笑った。


「……そんなこと言っちゃうんだ? しょうがないなぁ……顔だけキレイに残れば、それでいっか。いっそ俺の手で殺してあげるね!」


 そう告げると同時、猛然と斬り込んでくる。


「アリシア!」


 エル兄が私を庇い、地面を転がる。

 ヨルカが正面に飛び込んできて、刃を弾き返す。


「クソ……なんだよアンタ。お兄ちゃんだけじゃないのかよ。……ほんと邪魔なヤツばっか……」


 ヨルカの一閃を避けたゲイルに、レオとアンドルーが連続で切りかかった。しかし致命には至らず、ゲイルはなおも狂気の目で私を狙う。


 躱すので精一杯な私に、ゲイルが間近に迫り、最後の一撃を振り下ろそうと剣を翳したそのとき。


 エル兄の投げナイフが膝に刺さり、バランスを崩したゲイルの腹を、必死で振り抜いた私の短刀が切り裂いた。


「が……ッ!?」


 大きく怯んだその隙をつき、とどめを刺そうと踏み込んだ私を、エル兄が強く押し留めた。


「アリシア、ダメだ! “オレ”がやる!!」


 叫ぶと同時に、エル兄はナイフを振り抜き、ゲイルの首を掻き切った。鋼が肉を断ち割り、ゲイルの体が大きく痙攣する。


 血を吐いたゲイルは、歪んだ笑みを浮かべたまま崩れ落ちた。そのまま、二度と動くことはなかった。


──ゲイルが、死んだ。


 安堵と、なおじわじわと心を襲い続ける恐怖に、荒い息を吐く私の手を、エル兄がそっと覆った。


「……初めて自分の手で人を殺めた感触は、一生残るんだ。アリシアには背負わせたくない、これからも。特にあの男のものなんて」


 返り血を浴びたエル兄の、低く苦しげに呟かれる声に、胸が締め付けられる。レオもアンドルーも、ヨルカも静かに頷いていた。

 

──ああ、私は……こんなにも皆に護られている。


 怖いだなんて言っていられない。皆、これ以上に悲惨な過去を乗り越えてきた人たちなのだから。

 息を整え、私は前を見据えた。


「……ありがとう。エル兄、みんな」


 そう言って笑ってみせると、全員が笑みを返してくれた。


「さあ行こう。まだ終わってはいない」


 そうヨルカが軍を鼓舞し、私たちは一丸となって進み出す。


 ゲイルの亡骸を振り返らず、私たちは再び王城へ向かって歩みを進めた。


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