38.愛を告げる(エルネスト視点)
朝方、僕はクラージュ様の部屋から自室へ戻った。すると今日も、アリシアは僕の部屋のベッドで眠っていた。
あまりの無防備さに、思わず苦笑が漏れる。23だったら、間違いなくここで手を出していただろう。理想の兄、エルネストだからこそ耐えられるのだ。
──いや、今日からはそれすら自信がない。
けれど、アリシア自身に気持ちを確かめるまでは、先走るまいと決めていた。往々にして、人は恋する相手に関して見誤るものだから。
僕はクラージュ様にこそ、羨望の気持ちを抱いていた。アリシアの婚約者という地位も、父の信頼も勝ち取っている次代の王。“僕から全てを奪う男”として、恨んでさえいた。
だからこそ、昨夜のクラージュ様の言葉は嬉しかったけれど、正直、まだ半信半疑なのだ。
そもそも、好きな男の部屋でこんなに無防備に眠るだろうか。“兄”だから安心しているだけなのでは。意識していないからこそ、距離が近い可能性だってある。『エル兄と結婚する』と言ってくれていたのだって10歳の頃までだ。
考えれば考えるほど、クラージュ様の勘違いではないかと思えてきて、僕はそっと溜息を吐いた。
それでも眼前で、僕の布団にくるまれて眠るアリシアを見ていると、自然と胸の奥に守りたいという気持ちが満ちてくる。例えアリシアが僕以外の男を選んでも、それが彼女の幸せであるのなら、この想いは幾らでも秘められる。一度死を覚悟した身には、これからも傍で彼女を見守れるだけでも贅沢だ。
朝の柔らかい光が、薄く差し込む窓から部屋を満たし、眠るアリシアの銀色の髪をふわりと縁取った。昨夜のクラージュ様とのやり取りで、覚めやらぬ酔いが、僕の心にほのかな温度を残している。
さらさらとした髪に手を伸ばし、一房を摘むと、無自覚に唇で触れていた。
「アリシア……愛してる……」
気持ちが溢れてポツリと呟いた声に、アリシアの瞼が開いた。僕の焦りを他所に、アリシアは微かな笑みを浮かべるのみだ。よく考えれば普段から、家族としてその言葉は伝えていた。
「エルにぃ……」
空色の瞳は、未だとろりと夢見心地で、アリシアは眠たげなまなざしを僕に向けながら言った。
「抱っこ……」
再会してから、アリシアは子供に返ったかのように僕に甘える。寂しがらせた罪悪感もあり、欲を抑えて彼女に求められるままの“兄”を貫いてきたが──。
伸ばされた腕を包むのではなく、僕はその手のひらだけを取り、自分の頬に当てた。不服そうに眉を寄せるアリシアに、そっと囁く。
「アリシア。夢だと思ってくれてもいい。今ならまだ、“理想の兄”に戻れるから……一度だけ聞いてくれる?」
「……ん、なぁに……?」
「アリシア……23として言ったこと、その通りなんだ。僕が君を女性として見てるって。
23の本性はまだ残っているし、汚いこともしてきた。それでも僕は、アリシアを……一人の男として、愛してる」
すると、アリシアがぱちりと目を見開いた。次の瞬間、頬がぱあっと朱に染まっていく。
「……え……エル兄……」
僕の頬に触れる指先が震え、僅かな力が入った。
「……夢なんて、嫌だ」
小さな声で。それでもはっきりとした意志を纏わせて、アリシアは呟いた。上半身を起こし、縋るように僕を見つめる。
「夢にしないで……ね? お願い、エル兄」
「……いいの?」
「うん……好き。好きなの……大好きなの……」
涙を含んだ声に、歓びで全身が火照る。僕は頬に当てていたアリシアの手をとり、そこに深く唇を落とした。
「アリシア……“ずっと一緒”だ」
迷いも躊躇いも、すべて断ち切るように彼女を引き寄せる。
両手でアリシアの頬を包み込んで、その瞳を覗き込むと視線が絡まる。
溢れだす積年の想いに耐えきれず、衝動のままに唇を重ねた。触れた部分から伝わる、柔らかさと甘美な温もりが思考を融かしていく。
アリシアは小さく身を震わせ、喉の奥から切ない吐息をもらした。
その反応が愛おしくて、もう少しだけと唇を重ね直す。瞼を閉じた彼女の頬は熱に染まり、こめかみから伝わる脈動は、僕の胸の高鳴りと同じ速さで打ち続けていた。




