33.おかえりなさい
『ずっと、一緒だよ』
私がそう口にした途端、エル兄は大きく目を見開いた。
「あたま、痛ッ、
アリ……シア……、ア、リ……シア…………ッ。
────ああぁぁあ………………っ!」
頭を押さえながら暫く苦しみ、大きく呻いたかと思うと、空色の硝子片を握りしめたまま、彼は崩れ落ちるように意識を失った。
どうしよう。
焦り、震える手で肩を揺さぶっても応答はない。私が必死に周囲を見回していると、私を探していたレオが姿を見せた。ほどなくアンドルーも合流し、三人で協力してロイに相談の上、隠れ家近くの空き家へと彼を運び込んだ。
✽
それから三日が経った。
エル兄は高熱にうなされ、意識を取り戻さぬまま眠り続けている。私は空き家の片隅で、その寝顔を見守っていた。レオとアンドルーも交代で看病に訪れてくれた。少しは離れて休むよう、クラージュ様をはじめ、皆から幾度も説得されたが、エル兄と“ずっと一緒”にいたかった私は、一度もこの家を出ようとは思わなかった。
夜になり、澄んだ月の光が差し込む中、私は一人でエル兄の傍らにいた。
彼の拳を握ったまま、うとうととまどろんでいると──その指が、かすかに動いた気がした。
「……!」
ハッと目を覚ました私は、咄嗟に手を離す。すると、エル兄の指先から力が抜け、開いた掌に転がった空色の硝子片が、月明かりを受けてきらりと光った。
「……アリ……シア……」
微かな声が、エル兄の口から漏れた。未だ目は開いていない。
喉の奥がぎゅうっと締まり、息が詰まる。手のひらは汗ばんで小刻みに震え、心臓は破れそうなほど早鐘を打った。私は両手でその手を包み直し、耳を澄ませた。
「……アリシアは、ぼくが……ずっと……」
──“僕”って……言った?
息を詰めて見守っていると、やがて彼のまぶたがゆっくりと開く。虚ろだった瞳に次第に光が戻り、そして、まっすぐ私を見つめた。
「……アリシア……」
優しい声音。愛おしそうに私を呼ぶその響きに、視界がゆらりと涙で歪む。鼓動が早まり、体の奥からじわじわと熱がこみ上げてくる。
「エルにぃ……?」
確認のために問いかけた声が自然と震える。呼ぶだけで胸がいっぱいになり、言葉にできない想いが込み上げる。
彼は微笑み、ゆるく頷くと、掠れた声で囁いた。
「……ごめん……待たせて……」
「……、会いたかった……!!」
相手は病人だと、その胸に飛び込みたくなる衝動を必死でこらえていると、エル兄が横たわったまま、ゆっくりと手を広げて私を呼んだ。
「……おいで、アリシア」
そんなふうに誘われたら。
私は我慢できずに、エル兄に思い切りしがみついた。
しっかりと腕が回される。震えながらも強く、決して離すまいとするように抱きしめてくれる。
“エル兄”だ。
私の知っている“エル兄”が帰ってきた。
「……おかえりなさい、エル兄!」
声にならない嗚咽が漏れた。
嬉しくて、嬉しくて。
私たちはただ互いの存在を確かめ合うように、強く抱き合ったまま、その日は眠りについた。
✽
もともと“体力オバケ”のエル兄は、一度回復に向かうと、その快復ぶりは目を見張るほどだった。
医師のアレクシスさんは、「記憶を取り戻す過程で、脳に大きな負荷がかかって熱が出たのだろう」と語った。
ベッドに座れるようになったその日、エル兄は私に道具を持ってこさせると、早速、硝子片の加工を始めた。器用な手つきには幼い頃から驚かされていた。
何せ元々の耳飾りへの加工は、7歳になったばかりのエル兄の作品なのだ。
「今度は前のより頑丈にしたよ。首飾りにもできるけど、今はこっちにつけるね」
そう言って得意げに左耳へ装着する彼の姿に、“エル兄”が本当に帰ってきたのだと改めて実感し、私は思わず泣いてしまった。
「涙もろくなったね」
抱きしめてくれるエル兄に、私は「エル兄のせいだ」と言っておいた。
✽
レオとアンドルーは、密告の事実を打ち明けにやって来た。
「くだらない自尊心と見栄でお前に反発した。全部、取り返しがつかなくなって気づいたんだ。あまりにも浅はかだったって」
「革命が終わったら、死んで詫びるつもりだ」
懺悔する二人を前に、エル兄はただ「そうか」と一言だけ返した。
だが、私とふたりきりになると俯き、悲しみを滲ませるように、静かに言葉をこぼした。
「許せないけど……23として、もう一度生きた今なら、気持ちは痛いほどわかる。そしてこれは信用を得られず、見過ごした僕の責任だ」
記憶を取り戻せば、彼も元は革命軍の一員。
やがて様子を見に現れたロイに対して、エル兄が真っ先に願い出たのは、クラージュ様へのお目通りだった。




